フランスで"守備職人"に変貌した酒井宏樹。W杯で相手の主力を潰すキーマンになれるか?

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第58回

フランスで"守備職人"に変貌した酒井宏樹。W杯で相手の主力を潰すキーマンになれるか?

By 清水 英斗 ・ 2018.2.9

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マルセイユに所属する酒井宏樹の現地評価は、「守備はパーフェクト。課題は攻撃面」とされている。意外に思うかもしれない。超攻撃的サイドバックとしてJリーグで評価を高めて海を渡った男が、フランスで守備職人化しているとは。


しかし、試合を見ると、その評価が妥当であることがわかる。特に今シーズンの守備の安定感は尋常ではない。アグレッシブに突っ込んで潰す守備が目立つが、かといって裏を取られるシーンはほとんどない。予測するポジショニングに迷いがなく、パスを受ける敵アタッカーに自由を与えない。その際にカバーを行う味方との連係も取れている。


前を向かれた場合の1対1も、以前なら何となく間合いを寄せるように見えたが、最近のプレーでは、縦に行かれたら自分が、中に入ってきたら味方に任せるなど、エリアによって対応が整理されている。そして意図通りに守備ができたら、味方へサムアップ。コミュニケーションも円滑な様子だ。クロスやスルーパスに対する背後のカバーも、スペースに下がる予測が早いので、安定感がある。


以前は後半の時間帯など、集中力のムラを感じることも多かったが、それもほとんどなくなった。頭をフル回転しながら戦っているので、集中の持続性が高まったのかもしれない。それに加えて、フィフティ・フィフティの球際に頭から突っ込む勇気。デュエル重視の国で、サポーターから『戦士』と呼ばれ、愛される理由がよくわかる。


フランスで戦術理解、駆け引きの能力がアップ


元々パワーとスピードでは抜けていた酒井宏だが、駆け引きや戦術など、一言で言えば守備センスには難があった。彼のような選手は、どういう環境で大化けするのだろうか。スペインやイタリアで徹底的に戦術を仕込まれたら、見違えるように変わるのだろうか。数年前はそんな想像をしていたが、なるほど、フランスか。


リーグ・アンはアフリカ系など身体能力の高い選手が多く、パワーやスピード、俊敏性といった身体的な長所が通用しない。少々のポジショニングのミスも、フィジカルでごまかす、なんてことは不可能だ。その瞬間に、ぶち抜かれてしまう。突破力のあるドリブラーが多いので、そもそも1人で対応することに限界がある。


長所を帳消しにされ、追い込まれたリーグ・アンの環境で、酒井宏は駆け引きや戦術を吸収し、必死に成長するしかなかった。ちょっと劇薬感はあるが、リュディ・ガルシアという名将やチームメイトの支持、サイドバックが豊富ではないチーム事情など、環境にも恵まれたのだろう。


もちろん、フィットしたのは本人の素直なキャラクターもある。スポンジのように吸収力が高く、チームメイトから愛される。右サイドで縦のコンビを組むFWフロリアン・トヴァンは、酒井宏を「大切な存在」と言い、お互いの信頼は堅い。


センターバックのロランド・フォンセカも、「彼について悪くは言えない。彼は私が会った中でいちばん良い人」とまで言う。わかる気がする。たしかに、僕が今までに見たサッカー選手の中でも、酒井宏は断トツに優しい印象を受ける。話す相手に一切のストレスを与えない。


左右両サイドで計算できる守備


その人の好さも、ピッチ内では正しい姿とは言えなかったが、今シーズンは変化が見られるようだ。リュディ・ガルシア監督も「最近のヒロキはずる賢さが出てきた」とコメントしている。ガシガシ身体を当て、腕も使い、ピッチ外のナイスガイは、ピッチ内では相手にストレスを与えるDFに変貌した。最近は珍しく左サイドバックに回されているが、それにも慣れてきた様子。少なくとも守備は、両サイドで計算できる。


日本代表を思い浮かべると、ロシアワールドカップで対戦する相手チームには、ハメス・ロドリゲス、フアン・クアドラード、サディオ・マネ、ケイタ・バルデなど、ワールドクラスの個が山ほどいる。こんなヤツらとどうやって戦うんだと、途方に暮れる状況ではあるが、酒井宏の守備の成長により、少しはイメージできるようになった。


その一方、「課題は攻撃面」という評価も気になるところ。


だが、これも試合を見ていると納得する。守備にはミスのない酒井宏だが、ピンチに絡むことがあるとすれば、ほとんどがボールロストから派生する場面。それも技術的なミスではなく、状況判断に関わるミスが目につく。特に、プレッシャーを受けている味方へパスを預け、潰され、そこからカウンターを食らう場面が多い。


考えてみれば当然の話だが、個の強いアタッカーを酒井宏がアグレッシブに潰しに行くように、相手DFも同じことをやる。だからマルセイユの攻撃陣も、相手にハードマークされ、激しく潰される。そして、そういう状況でも、酒井宏は単純に預けるようなパスを選びがちで、出した先を相手にねらわれてしまう。


味方がねらわれ、自分に比較的余裕があるときは、DFではあっても、自分から状況を動かす必要がある。たとえばボールを運んでマークを引きつけたり、あるいはタッチライン際で味方ウイングがマークされていたら、自分が一つ内側で受けたり。わかりやすいのは昨シーズンで引退したフィリップ・ラームだが、単純な上下動タイプの酒井宏には、詰まった状況を動かすクリエイティビティがない。


攻撃面が向上すれば、ビッグクラブ移籍も


そもそも酒井宏が「攻撃型サイドバック」と言われたのは、縦の関係として、自分の前にレアンドロ・ドミンゲス、清武弘嗣、本田圭佑などが立ち、ボールを預けてオーバーラップしやすい状況があったからだ。主従関係の"従者"と言ってもいい。司令塔タイプをサポートする、従者としての攻撃的サイドバック。それが実際のところだった。


ところが、マルセイユでは両サイドにドリブラーがいて、相手DFにハードマークされ、潰されてしまう。ボールを「預ける」という行為が許されない。時には主従関係をひっくり返し、余裕のあるサイドバックの酒井宏から、相手の守備をずらし、状況を動かすべき場面がある。しかし、そこではあまり良いプレーができていない。


わかりやすいプレーは、左サイドに回った酒井宏に代わって右サイドバックに入った、ブナ・サールが見せている。前線からコンバートされた選手だ。たとえば、リーグ・アン第24節メス戦の後半8分。右サイドに流れたヴァレル・ジャーメイン、右ウイングのトヴァンが厳しくマークされた場面で、フリーで持ったサールが仕掛けた。攻撃陣をポストにしながら、ワンツーで中へ侵入。メスの守備を混乱させながら、ワンタッチプレーの連続でサイドを突破した。そして3人目の動きでニアゾーンへ侵入し、アシストパス。最後のフィニッシュをトヴァンは外したが、サールが起点となった良い攻撃だった。アタッカーが厳しくマークされるからこそ、サイドバックには「預ける」だけでなく、「仕掛けて外す」攻撃が求められる。


リュディ・ガルシア監督は酒井宏について、「もっと決定的な仕事ができる。もっと自分を表現してほしい。ゴールを意識してプレーしてほしい」という言い方をしているが、つまりは攻撃において、主従関係の"主人"になる意識が必要なのだと思う。今の"従者"のままでは、ゴールを意識したプレーはできない。


これは守備以上に難しいところかもしれない。しかし、この点が成長した暁には、酒井宏はマルセイユ以上のビッグクラブからオファーを受けると確信している。(文・清水英斗)

写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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