「縦に速いだけじゃダメ」「監督に言われたままやってもダメ」
ベルギー遠征中のハリルジャパンにおいて、2015年の東アジアカップから語られてきたことが、W杯の3カ月前になっても同じように繰り返されている。この気持ちを表す言葉は、“もどかしい”以外にない。
ハリルジャパンは常に競争しながらチーム作りを進めているため、一度消化したつもりの課題が、フレッシュなメンバーや組み合わせに変わった瞬間、また目の前にやってくる。進んでは戻り、進んでは戻る。そんな感覚だ。その状態を「テストしすぎ」と評する人もいるわけだが。
ただし、これはメリットとデメリットの両面があることは強調しておきたい。同じ“定食”しか出さない監督の下では、固定メンバーで戦術は熟成されるが、個人の競争が減ってしまう。一方、ハリルホジッチのように日替わり定食にする監督の下では、個人の競争は促されるが、メンバーがころころ変わるため、チームの熟成においてはもどかしさを抱える。
年間に数試合しかない代表スケジュールで、競争と熟成、両方を得るのは不可能だ。代表チームが抱える永遠のジレンマと言ってもいい。あるいは、現代サッカーのスケジュールが生み出す病巣、とも言えようか。
ハリルホジッチのチームは日替わり定食が終わり、一つのメニューに固定されたとき、つまりW杯登録メンバーの23人が固まった直後から、全く違う道を歩み始めるだろう。そのタイミングはW杯直前の5月末だ。そういう意味でこの3月は、いちばんもどかしい時期とも言える。
日本人選手が苦手とする認知と判断
マリ戦の後、選手たちは口々に「縦に速いだけじゃダメ」「監督に言われたままやってもダメ」とコメントした。それを聞き、筆者はあることを思い出した。それは2006年頃、バルセロナでお会いした、当時スクールコーチの村松尚登さんから聞いた話だ。
スペインの育成では、監督やコーチが試合中にひたすらピッチサイドから指示を出し、怒鳴り続けるのが当たり前。静かにベンチに座っていると、「仕事をしているのか?」とテクニカルディレクターに注意されたそうだ。
とある試合の最中、スペイン人の監督が「逆サイドが空いているぞ!」と選手に叫んだ。それを聞いた選手は、逆サイドへボールを蹴る。ところが、このパスが相手に読まれ、インターセプトからカウンターを食らい、失点の原因になってしまった。
試合後、その選手はコーチに呼び出され、「なぜ逆サイドへ蹴った?」と問われた。「監督が指示したから」と答えると、さらに監督は続けた。
「私の声は相手チームにも聞こえていた。『逆サイド!』と言えば、相手はそこを警戒するだろう。君は違う選択肢を持つべきだったんじゃないのか? 最終的に判断するのは君だ」
そんな一幕があったそうだ。つまり、スペインの監督が常にピッチサイドから怒鳴っていたのは、たくさんの情報を与えるためであり、その声は状況の一つに過ぎない。声によって相手に警戒されたことを感じられなかった、その選手の状況認知が甘かったわけだ。
問題は気付かなかったこと
一方マリ戦では、ハリルホジッチがピッチサイドから「裏だ!」「ロングボールを使え!」と叫んでいた。前半はマリの最終ラインが高く、スペースがあるため、縦に素早く攻めれば、いくらでも裏を突ける状態だった。しかし、そのスペースとタイミングを見つけることができず、突けた回数はごくわずかだ。
そしてハリルホジッチが叫ぶわけだが、その声はもちろん、相手にも聞こえている。しかも、マリの公用語はフランス語だ。通訳を通す日本代表よりも、早いタイミングで指示が聞こえている。マリは前半に1点を先制できたわけで、日本がねらっている守備の穴を放置するわけがない。
日本は後半、ハリルホジッチから指示を受け、ロングボールを多用し始めた。ところが、マリは先に修正を行っている。前半の終わりにPKで先制したこともあり、守備ブロックを下げてしまった。前半とは違い、裏へのカバー意識は高い。それに気付かず、前半の状況を前提にロングボールを使っていく。だから、失敗するのだ。
「裏をねらいすぎ」「縦に速いだけじゃダメ」。どちらも少し違和感がある。本当の問題は“気付かなかったこと”だ。
試合中に必要な駆け引き
序盤に相手の隙に気付かず、縦に速い攻撃で攻め落とすことができなかった。逆に後半は相手の修正に気付かず、縦に速い攻撃を仕掛けてハマった。どちらも失敗の原因は、気付かなかったこと。つまり、状況認知の悪さにある。
監督の声も状況の一つ。ピッチの変化を敏感につかまなければいけない。ハリルホジッチが「裏!」と叫んでいるとき、裏に蹴ったら、それは相手の想定内だ。あえて1本、2本と足元にパスを付けたら、相手は困惑する。そこで3本目で裏へ。そのくらいの駆け引きはあってほしい。
前述したスペインサッカーの話だが、実はキッズ年代、つまり幼稚園児のサッカーの話である。スペインの子どもと、日本のA代表は、同じ課題を抱えている。誰にでも得手不得手があるが、このような状況認知や駆け引きは、日本代表にとっては苦手分野だ。
逆に、日本代表が得意なことは何か? すでに述べたように、今回のハリルジャパンはぎりぎりまで競争を続け、23人が固まった後、数週間でチームの“短期熟成”を目指すことになる。
人の話をしっかりと聞き、忠実にこなせる日本人にとって、短期熟成は得意分野だろう。思い返せば、アルベルト・ザッケローニが就任して間もない頃の日本代表が、2011年のアジアカップで優勝したときも、香川真司、遠藤保仁、長友佑都を中心とした左サイドに偏らせた攻撃を形作り、短期間でチームを成長させた。その結果、タイトルを獲得している。
長期競争、短期熟成。この方針は日本代表の個性と、W杯のあり方にハマるのではないか。個人的には面白いトライだと思っている。(文・清水英斗)
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