ハリルホジッチの解任は“戦略なき戦術”。広がり続ける、日本と世界の差

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第62回

ハリルホジッチの解任は“戦略なき戦術”。広がり続ける、日本と世界の差

By 清水 英斗 ・ 2018.4.10

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ハリルホジッチの解任によせて、兵法書『孫子』から一文を引用する。


『戦術なき戦略は、勝利に至るもっとも遠い道のりである』

『戦略なき戦術は、敗北の前の戯言である』


戦略とは? 長期的な目標に基づく計画のこと。戦術とは? 目先の場面で最善の手を探すこと。もっと簡単に言えば、戦略とはプラン、戦術とは手段だ。


どちらも大事だ。戦術がなければ、勝利を得るのは長い道のりになるし、戦略がなければ、最初から敗北は決まっている。そのように孫子では説かれている。


今回、日本サッカー協会が発表したハリルホジッチの解任は、戦略を捨てた戦術だった。ザッケローニで敗れた反省を生かし、後任のアギーレ、ハリルホジッチの選定には、過去のワールドカップで指揮を執ったことがある経験を重視した。ところが、そうやって経験を買って招聘した監督が、その経験を生かす前に、ワールドカップ直前で解任。少なくとも4年間はこの方針と決めた戦略があったのに、それを捨てたわけだ。


田嶋幸三会長は「1%でも2%でも、ワールドカップで勝つ可能性を追い求めたい」と、繰り返し語った。この発言にいちばんガッカリした。


1%や2%のために監督を解任していたら、長期的プランなど持てるわけがない。田嶋会長は、考え方がまるっきりダメ。有能なトップなら、1%や2%の不安は飲み込んで、あるいは飲み込ませ、長期的プランをぶれずに継続させなければならない。そして、その結果がどうなるか、しっかりと分析しなければならない。


逆に、長期プランを修正すると決めたのなら、時間が必要になる。以前から問題がずっとあったと言うのなら、1年前までに解任していなければおかしい。この段階まで来たら、プラン継続の一択だ。そうしなければ、本当に勝ち負け以外に何も残らなくなる。


この解任は、まさに戦略なき戦術。孫子を引用するなら、「敗北の前の戯言」である。


ハリル解任に潜む、真のリスク


世の中の関心は、西野(朗)さんで結果が出るのか? 本当にこのタイミングで解任してロシアワールドカップは大丈夫なのか? そういう話に集中するだろう。


でも、違うよ。真のリスクはそんなことじゃない。


元チェス世界王者で、ペップ・グアルディオラの友人としても知られるガルリ・カスパロフは、自著『決定力を鍛える チェス世界王者に学ぶ 生き方の秘訣』で次のように書いている。(注・太字は筆者)


「チェスでは、よい戦略が悪い戦術のせいで失敗するケースも、その逆のケースもよく目にする。きわめて優れた構想も、一度の戦術的過ちで台なしになりかねない。

長期的に見てもっと危険なのは、悪い戦略がよい戦術やまったくの幸運のために成功するケースだ。

一度はうまくいくとしても、二度起きることはめったにない」


私が心配しているのは、まさにこの点だ。解任ブーストの成功は、可能性がある。チームの土台作りは、ハリルホジッチがすでに行ってきたし、それを使って、自分の意見を少し加えれば、形はできる。さらにミーティング時間を短くし、ガーガー言うのをやめれば、ハリルアレルギーがあった選手の気分も良くなるだろう。そして、この解任がきっかけで日本代表に復帰する選手は、お尻に火がつく。そんなドタバタの末に、偶然、結果が出るかもしれない。


それがいちばん最低なのだ。解任ブーストで結果を得たチームが、その後にどうなるか、知っているだろうか? Jリーグのサポーターに聞くと良いかもしれない。今年なら浦和か。待っているのは、地獄だ。一時の成功ほど怖いものはない。


ハリルのサッカーがW杯でハマった可能性


これで、この4年間の評価も難しくなった。私は今でも、ハリルホジッチの戦略で臨むワールドカップを見たいと思っているし、その戦略でベスト8を果たす可能性は充分に見えていた。それは今まで書いてきた通りだ。


マリ戦やウクライナ戦が、最終的な解任のきっかけになったことも、呆れて物が言えない。マリ戦は新戦力をテストした親善試合だった。半分はロシアのピッチに立たない選手だ。このタイミングで、未だに個人のテストを繰り返したことに異論はあるかもしれないが、それも含めて後から分析されるべきだった。


そしてウクライナ戦は、相手が中盤に人を集めるポジショナルサッカーをやってきたが、そんな対戦相手は、日本のグループにいない。コロンビア、セネガル、ポーランド。本大会で戦う相手はマンツーマンで対応しやすいチームばかりで、ハリルホジッチの戦術は相性が良い。特にコロンビアとセネガルには、エース潰しのハリル戦略がはまると思っていたし、いくつかの原稿にも書いてきた。だから残念でならない。


この4年で費やした時間も金も、ぜんぶドブに捨てたわけだ。いったい何をやってきたのか。虚しい気持ちでいっぱいだ。日本サッカー協会を恨む。クソッたれだ。


選手の不満が出やすかったハリルジャパン


念のために付け加えると、筆者はロシアワールドカップを戦った後、ハリルホジッチの続投は望んでいなかった。彼のサッカーはベスト8が限界で、それ以上を目指すには、もっと別の監督が必要。簡単に言えば、ウクライナのようなサッカーを仕込める外国人監督が欲しい。世代的に見ても、堅守速攻が似合うのはロンドンからリオ五輪世代までで、その下の世代を見ると、もっと違うサッカーが似合う。そういう若い選手が育っていると感じていた。


だから勝ち負けにかかわらず、ハリルホジッチとは、あと数カ月でさよならと思っていた。しかし、それはこの方針を貫き、分析してからだ。良かった部分を吸収し、悪かった部分を反省してからの話だ。でも、全部捨ててしまった。これでは何が良かったのか、悪かったのか、何をどう評価していいのかわからない。ロシア大会は勝っても負けても、いつも以上に焦点の定まらない散弾分析が、そこら中から出てくるのは必至だ。


この4年をドブに捨ててまで、決めた解任。その理由として田嶋会長が繰り返し主張したのは、選手と監督のコミュニケーション、信頼関係が薄れたことだった。


それは一部事実だろう。取材で話を聞いている間、そういう反感を隠さない選手もいたし、言葉に出さなくても、監督への不満がにじみ出る選手もいた。しかし、逆にハリルホジッチについて行こうと、その意志を出す選手もいたし、あるいは監督にかかわらず自分に集中すると、そういう選手もいた。田嶋会長が言っていた信頼云々は一部の事実であって、全体ではない。その言葉の端々、あるいは選手の反応を見ても、一部の偏った選手にしか聞き取りをしていないのではないか。


チームが一枚岩なんて、所詮は幻想。重用された選手は満足し、重用されなかった選手は不満を抱える。当たり前の話だ。それが表に出るか出ないかで、ハリルジャパンは出やすく、ザックジャパンは出にくかった。そもそもザックジャパンの控え組は、緊急招集の大久保嘉人を除けば、遠慮なく不満を言うようなタイプはいなかったし、逆にハリルホジッチは個が強い選手をチームに呼びたがるので、そこから出る不満がアキレス腱だったのかもしれない。


広がり続ける、日本と世界の差


ただし、まとめることができなかったのは、ハリルホジッチの落ち度であり、選手、スタッフの責任でもある。


1年前ならば、プランを修正(監督を解任)して、選手に合わせる判断も理解できなくはない。再びプランを構築する時間があるからだ。それは個人的な意見とは違うが、納得はできる。しかし、W杯の2カ月前まで来たら、もはやプランを守って不満を言う選手を切るしかない。おそらく、ハリルホジッチはメンバー発表でそれをやろうとしたはず。あの選手は23人から外れるだろうなと、個人的には予測もしていた。今となっては虚しいが。


「なぜ今なんだ!」とハリルホジッチは怒ったそうだ。本当に、なぜ今なんだろう。なぜ、サッカー協会で選挙が行われ、田嶋会長の再任が3月に決まった、その翌月なんだろう。もっと早くに解任していたら、新チームがうまくいかないとき、大批判が起きたとき、その決断の責任を田嶋会長が問われただろうか。それは選挙のリスクになっただろうか? 逆に今の解任ならば、ロシア大会が惨敗に終わっても、新監督を迎えて、1年半は任期の猶予がある。タイミングが良すぎるのは気がかりだ。


生まれて初めて、日本代表を応援できない気持ちになっている。この10年で日本と世界の差はずいぶん広がったが、まだ序章に過ぎないのかもしれない。


それが本当の、おそロシア。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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