J開幕節で感じた、VAR導入の影響。東京五輪、W杯予選に向けても適応が急務

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第106回

J開幕節で感じた、VAR導入の影響。東京五輪、W杯予選に向けても適応が急務

By 清水 英斗 ・ 2020.2.29

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5分。それは私が行列に並ぶことができる最大の時間だ。行列や混雑は基本的に苦手なので、たとえ美味しいラーメン屋や人気のテーマパーク等があっても、「並んでまで食べたくない、遊びたくない」という判断になりがちではある。理由はよくわからないが、自分のペースを他人に乱されたくない、という度量の狭さはおそらくある。


そんな私が、もしもプロサッカー選手だったら? きっとVAR(ビデオアシスタントレフェリー)への適応は苦労するだろうなと、J1開幕節を見ながら感じていた。


たとえば、湘南対浦和の前半38分。浦和は自陣でボールを奪った後、橋岡大樹がファウルを受け、すぐにリスタートを試みた。ところが、そのファウルがレッドカード相当か否かのVARチェックを待つため、主審に制止され、浦和の選手は苛立ちを露わにした。


相手が負傷して治療を要する等の理由なら、そこまで苛立つことは無かっただろう。しかし、VARでは判定チェックに時間がかかり、その不満をぶつける相手さえ目の前にいない。これまでのサッカーには存在しなかった不思議な状況ではある。


約40秒後、プレーは再開されたが、すぐにゴールが生まれた。浦和は山中亮輔からのロングボールに汰木康也が抜け出し、興梠慎三が押し込んで1-1の同点に。前半の流れは湘南が圧倒していたので、まさにワンプレーでひっくり返った。


VARチェックで流れが断ち切れた直後のシーンである。コンディション的にも戦術的にも優れたプレーを披露していた湘南だが、この再開場面では山中への寄せが遅れ、汰木へのカバーリングも遅れ、わずかに生じた綻びを、浦和が一発で突いた格好だ。


VAR中の待ち時間を、選手はどう過ごす?


この不思議な待ち時間をどう過ごすか。今後のプロサッカー選手にとっては大きな課題だろう。マイペースに、平静に。あるいは逆にフワフワと気持ちがピッチから離れないように注意しなければならない。性格的にVARに合う選手、合わない選手は分かれるかもしれない。


FIFA(国際サッカー連盟)やIFAB(国際サッカー評議会)では、VARによるレビューは3試合に一度といったデータを出しているが、それはレビュー行程に進んだケースのみ。VARチェックで発生する待ち時間は別にある。このような待ち時間、流れの断絶に対する心の準備は、必須だ。


また言うまでもなく、この点でより難しい課題は、PKやゴールなど試合結果に直結するシーンだ。


湘南対浦和では、後半28分にはVARが介入。主審のOFR(オンフィールドレビュー)によって湘南にPKが与えられたが、これをキッカーのタリクは外した。今季プレミアリーグでは通常のPKの成功率が約8割であるのに対し、VAR介入で与えられたPKは約5割と、大きな差が出ているそうだ。


現時点ではサンプルが少ないので何とも言えないが、昔からPKになると、ボールの近くを離れなかったり、長く抗議したりと、わざとPKに時間をかけさせ、キッカーに“嫌な間”を与える姑息な選手を見かけてきた。


最初から選択肢が少ないPKにおいて、考える時間などはキッカーの雑念を増幅させ、集中を乱すだけ。通常のPKに比べて、長くかかるVAR介入のPKで成功率が下がるのは、個人的には違和感がない。


こうした成功率の変動を、最小限に抑えられる泰然自若のPK職人を、各チームは確立する必要がある。真っ先に顔が浮かぶのは、遠藤保仁タイプ。ギラついたFWよりも、明鏡止水のMFのほうが、VAR時代のPKキッカーには向くかもしれない。


映像を見た観客の反応


また他方、このPKを与えた場面を振り返ると、ハンドの反則を犯した鈴木大輔にとっても大きな試練だった。


JリーグはOFRの映像を、大型ビジョンでリアルタイム公開している。鈴木の手がボールを引き寄せたと見えた瞬間、スタジアムでは「えーっ!」と、驚きと嘆きと怒りが混じった声が一斉に浴びせられた。試合中にこんな吊るし上げが行われるとは、その恐ろしさたるや。


ハンドの判定は妥当だと思う。あの手の出方は「印象が悪い」ので、PK判定に異論はない。しかし、鈴木は足を目一杯に伸ばし、バランスを崩した状態だった。あの右手に強い意志があったのかどうか、あんな吊るし上げを食らうほどの罪を犯したのか、個人的には疑問だ。


また今季はVARがあることをプレシーズンから散々伝えられたのに、その上でリプレイ判定すれば明らかにばれるようなハンドを犯すほど愚かな選手だったかな、という疑問もある。


実際、佐藤隆治主審も、「えーっ!」と声が浴びせられた後も、慎重に時間をかけ、映像確認を行っていた。周囲の反応ほど、簡単なシーンではなかったと思う。


スロー再生の危険性


問題はあの場面を、“スロー再生”で、スタジアムの大型ビジョンに、主審のジャッジと“並行して”映したことだ。


そもそもスロー映像は、意志や意図を大げさに伝える作用があると知られている。アメリカでは、犯罪者が行為に至る瞬間をスロー映像で見せると、等速の場合よりも残虐さ、意図が増幅して伝わるという実験がある。実際、裁判等の資料でスロー映像を用いると、量刑が重くなる傾向があるそうだ。


だからこそOFRにおいては、主観的なジャッジは等速で確認すると定められており、スロー映像を使用するのは、ラインを割ったか否か、手にボールが当たったか否かといった事実確認に用途が限定されている。


今回OFRを行った佐藤主審は、ボールがラインを割ったか、手に当たったかの事実確認のため、最初にスロー映像を確認したはずだ。ところがその瞬間、等速とスローの違いを意識していない観客が、スロー映像を共有し、「えーっ!」と怒号に近い大声が出てしまった。


正確な基準とルール運用により、主審が逆の判定を下すのは、もはや大いなる勇気が必要なほどの空気が生まれている。これは恐ろしいことだ。今回はたまたま判定が一致したから良いが、今後は主審の中立性が損なわれる危機も想定される。


ビジョン再生により、選手にのしかかるプレッシャー


ビジョンに映すこと自体はメリット、デメリットの両方があり、それを踏まえた上で決断されているので異論はない。しかし、このスロー再生の見せ方は、VARの基本的な考え方に反する。OFR中に主審と同じ画をリアルタイムに見せるのではなく、判定直後にビジョンで見せるほうが良い。というか、そうしなければならないのではないか。


コロナ騒動でJリーグの第2節は延期されている。この期間に運用の反省を進めてもらいたいところだ。


そして手順に改善があったとしても、判定映像をビジョンに映す以上、選手は今までに経験したことがない吊るし上げに耐える必要がある。肘打ち等によるレッドカード疑惑も同じだ。その意図がなかったとしても、後ろ指を指されながらプレーしなければならない試合は次々と出てくるだろう。その恐ろしさたるや。


日本代表の国際試合に向け、適応が急務


まだ始まったばかりだが、VAR導入でサッカーは変わる。戦術だけでなく、メンタル面の影響は計り知れない。選手は早い適応が迫られている。


川崎対鳥栖でも、レアンドロ・ダミアンのゴールがVARによって取り消され、川崎側はストレスを抱えた。これはベタな場面なので、こうした逆転裁判が起きる可能性は、常に頭に入れなければならない。ゴールネットを揺らしても、いきなり喜びすぎると、反動があった場合のメンタルコントロールが難しくなる。最初は控えめに。


このようなケーススタディは、VAR導入予定の東京五輪や、あるいはワールドカップ最終予選でも必要だ。今季Jリーグで積まれていくVARの経験は、日本代表にとっても重要になるだろう。


サッカー観的には、AAR(追加副審)を推す私だが、一方で結果を出すことだけにフォーカスすれば、VAR適応は不可避である。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『日本サッカーを強くする観戦力』、『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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