国際大会で求められる適応力。悪質タックルには厳重抗議を!

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第119回

国際大会で求められる適応力。悪質タックルには厳重抗議を!

By 清水 英斗 ・ 2020.12.1

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厳密に言えば、「ACLの審判」というのは存在しない。国際試合は各国サッカー協会から派遣された国際主審が担当している。仮に「ACLの審判はレベルが低い」と言えば、そこには日本の審判も含まれることになる。


また、大会ごとにジャッジの基準があるわけではない。以前、日本の国際主審に、「ACLとJリーグで笛の吹き方を変えているか?」と質問したが、「変えていない」「いつも通りに吹く」と言っていた。つまり、ACLのような国際大会では、それぞれの審判が、それぞれの国で培った経験や感覚に基づき、ジャッジを行うことになる。


このズレが難しい。サッカーは共通語だが、方言も多様だ。たとえば昨今のJリーグでは、世界基準で戦えるたくましい選手を育てようと、フットボールコンタクト(サッカーという競技で正当と認められる接触)を許容し、促す方向へと判定基準が変わっている。それ自体は良いことだ。


しかし、一般的に西アジアの審判は、ファウルをデリケートに取る傾向が強い。この時点でJリーグが目指す方向とは正反対なわけで、ACLのような国際大会に行くと、普段とは異なる判定にギャップを感じることは多い。


ACLであらわになる、カルチャーの違い


また、良くも悪くも、西アジアの主審は笛の思い切りがいい。ハンドかどうか微妙な場面でも、エイッと吹く。逆に日本の審判は、確信を持てる場面でなければ吹かない。疑わしきは流す。そんな違いも、しばしば感じることだ。


「西アジアの審判は~」という言い方は、やや大雑把ではあるが、カルチャーマップを考えたとき、やはり東と西の違いは明確にある。これも以前聞いた話だが、東アジアと西アジアで、それぞれ同じ内容の審判講習会を行うと、東アジアでは静かな雰囲気で終始行われるのに対し、西アジアはいつもガヤガヤとうるさいそうだ。質問の挙手も止まらず、前の人と質問が被っても、「私は私の言葉で聞きたい!」と発言権を譲らないとか。今まで日本で、そんな講習会、ミーティングを経験したことはただの一度もない。


我々からすると、日本人、韓国人、中国人、それぞれが違う個性という感覚はあるが、もっと広いカルチャーマップで見たとき、東アジアと西アジアという、一定の文化的な括りは存在する。それはサッカー観、判定基準においても同様だ。西アジア特有のデリケートかつ、思い切りの良い笛。我々の文化ではストレスフルな部分もあるが、それもまた、ACLである。


横浜F・マリノスが見せた適応力


適応力。国際大会は一にも二にも、適応力に尽きる。環境、日程、対戦相手、そして、ジャッジへの適応。


11月末から再開したACL第3節では、横浜F・マリノスと上海上港が対戦したが、マリノスも判定基準に戸惑う様子があった。アグレッシブにボールを奪い、スピード感あふれる展開に持ち込むのが彼らのスタイルだが、イラク審判団のデリケートな笛に流れを切られ、吹かれたファウルは24回。少なからず不満はあったのではないか。


しかし、3日後の第4節、上海上港との再戦ではファウルが14回に激減した。試合を見た所感としても、マリノスは1戦目よりも球際のコンタクトに深く行き過ぎず、無駄なファウルを与えないよう、注意を払っていたと感じた。国際大会を、したたかに生き抜く。これもまた、ACLである。


判定基準だけでなく、マリノスはアタッキングサードの崩し方でも、1戦目より背後を取る積極性があり、クロスも23回から38回に増えた。5バックでブロックを敷く上海上港に対し、どう攻めるかという意志統一がなされた様子があった。


とはいえ、勝ち点3を取ったのは、GKオビ・パウエル・オビンナがPKを防ぎ、終了間際の天野純の劇的ゴールが決まった1戦目であり、好ましい適応を見せた2戦目は1-2で敗れてしまったのだから、サッカーは難しい。だが、こうした適応が、勝率を上げることは疑いようもない。この先も期待したい。


悪質タックルを受けた、ディエゴ・オリヴェイラ


国際大会は、一にも二にも適応力だ。ただし、適応してはいけないもの、受け入れてはいけないものもある。


第4節のFC東京と上海緑地申花の一戦で、後半3分にディエゴ・オリヴェイラが受けた暴行だ。あんなものはタックルでもなければ、ラフプレーでもない。「プレー」と呼ぶに値しない。


チン・ションの足は、ボールにプレーする可能性が全くなかった。跳んで伸ばした足の裏が、ディエゴ・オリヴェイラの遠い側の足へ、落下エネルギーを加えながら命中。もはやスライディングではなく、飛び蹴りだ。跳んでタックルに行くこと自体が危険極まりないのに、それが遠い側の足へ当たるほど、深く行った。


しかも、ひざを曲げるなど相手へのダメージを和らげる咄嗟の配慮も一切無し。確信的だ。どんなに探しても、この暴行を「プレー」と呼べる要素が見つからない。JリーグやJFAは今のところ強い抗議の動きを見せていないが、サッカーを壊す行為には断固たる対応がほしい。そうでなければ、「受け入れた」と見做される。


世界の広さを感じられるACL


もう一つ、この場面の判定を言えば、イエローカードを出した主審はピッチ中央、事象からはやや遠い位置にいた。チン・ションの飛び蹴りを、背中から見る格好であり、命中した箇所がはっきり見えなかった可能性はある。


残念に思うのは、副審だ。このとき副審は至近距離に立っていた。チン・ションの足がヒットした瞬間、勢い良く旗を振ったので、事象は明らかに見えたはず。


駆け寄ってきた主審は、即座にイエローカードを出してしまったが、プレーを再開する前なら判定は変えられる。審判はサッカーの守護者だ。サッカーをサッカーとして守ることができるのは、審判である。副審には強く、レッドカードを進言して欲しかった。


やれやれ、何てストレスフル。ただ、これだけ主張した後では意外に思うかもしれないが、私はACLが好きである。というか、国際大会が好き。サッカーの広さ、世界の広さを感じることができるから。この先も、わくわく。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『日本サッカーを強くする観戦力』、『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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