チームを救った“地味なMVP”。キャプテン長谷部が見せた、ピッチ内外での献身性

COLUMN清水英斗の「世界基準のジャパン目線」第27回

チームを救った“地味なMVP”。キャプテン長谷部が見せた、ピッチ内外での献身性

By 清水 英斗 ・ 2016.10.7

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山口蛍のボレーシュートが決まった瞬間、私の目には、ゴール前の空間が“ぐにゃっ”と歪んで見えた。興奮と喜びに、驚きが混じった歓声「オォッ!」は、短くも爆発力があり、強烈な波動が空間をねじ曲げたような、不思議な体験。この感覚、いつ以来だろうか。


しかし、次の瞬間、イラクの選手が素早くスタートポジションに戻ったのを見て、「まずい!」と叫びそうになった。


普段なら、すぐにセンターサークルへ行って相手のキックオフを防ぐ長谷部誠でさえも、ベンチメンバーの元へ駆け寄っていた。感情が爆発したのだろう。しかし、このまま全員がタッチラインの外に出ると、イラクにキックオフされてしまう。


だが、すぐに杞憂に終わった。長谷部は歓喜の中心には加わらず、踵を返し、ひとりセンターサークルへ向かった。


その姿に、最初に気づいたのが清武弘嗣だ。キャプテンはボールを目の前に捉えたまま、相手がキックオフをしないように監視を続け、駆け寄った清武には目もくれない。その背中に、清武は抱きついた。


そして、全員が戻って来るのを確認すると、ようやく長谷部は警戒を解き、殊勲の山口と抱擁を交わした。実にいいシーンだった。


長谷部については、色々なことを思う。


正直、プレーヤーとしての限界は見えてきた。それは否定できない。ここから劇的にテクニックやスピードが向上するとは想像しづらく、ここ数試合、自陣で危険なミスを犯すシーンも増えた。すでに充分な経験を積んできただけに、更なる伸びしろをイメージすることが難しい。


しかし、外せない。長谷部は絶対に外せない。それを思い知った試合だ。


長谷部のカバーリングがなければ、さらなるピンチを招いた可能性も


この試合、イラクは特別な対策を打ってきた。日本のDF陣に対して、4トップ気味の1対1をぶつけ、主に酒井宏樹とマッチアップする6番アリ・アドナンにロングボールを放り込んだ。


185センチと長身の酒井宏は、「まさか僕のところをねらうとは思わなかった」と驚いたが、空中戦に自信を持っているのは、相手も同じだ。酒井宏は競り合うのが精一杯で、ボールをはじく先に、気を遣う余裕がなかった。そのセカンドボールから、長身の吉田が釣り出されると、日本は危険な中央のスペースを空けてしまう。DF陣が1対1なので、そうなりやすい状況だ。


これをカバーしたのが、長谷部だった。


「後ろが同数になってしまうので、自分がラインに吸収……されずとも、自分が競るところとか、そういうことはミーティングからやっていました。そこでやられた感覚はないけど、自分が一個落ちることで、中盤のセカンドボールでは相手に拾われる回数が多かったと思うので、それは改善点だと思います」(長谷部)


吉田が空けるスペースをカバーし、長谷部はクロスや突破に備える。


地味な役回りであるし、セカンドボールに課題を残したことも事実だが、長谷部のポジショニングの良さがなければ、日本はもっと危険なシーンを作られていた。


ディフェンスラインをカバーしたり、時にはセンターサークルをカバーしたり。長谷部はカバー職人だった。手入れの行き届いた、いい仕事をする。


行き届いたといえば、審判とのコミュニケーションもその一つだ。


イラク戦の審判は、韓国人のセットだった。主審キム・ドンジンは、イラクの遅延行為に対し、後半に2枚のイエローカードを出し、また、倒れているイラクの選手に早く起き上がるように再三のジェスチャーを送るなど、遅延行為に厳しい姿勢を見せた。


「レフェリーとは、いいコミュニケーションを試合前からとっていて、最初の遅延行為辺り、前半からイラクはゆっくりプレーする形だったので、その辺はレフェリーと話をして、どんどん言ったら、『それはもう、わかってるから』と言ってくれて。それ以上はあまり言わなくても、イエローカードを出してくれたので、相性は良かったのかなと思います」(長谷部)


カバー職人、レフェリーとの調整役。さらに試合前を振り返るなら、ミーティングの時間と回数を減らすようにハリルホジッチに提言していた。些細なことに思えるが、どれか一つが欠けても、今回の結果にはつながらなかったに違いない。


世界一地味なMVP。最終予選の今後も、欠かせない仕事を果たすだろう。


かなわない、このキャプテンには。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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