オフサイド撤廃、ビデオ判定、W杯出場国枠の拡大。改革を進めるFIFAの狙いとは?

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第34回

オフサイド撤廃、ビデオ判定、W杯出場国枠の拡大。改革を進めるFIFAの狙いとは?

By 清水 英斗 ・ 2017.1.24

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FIFAの技術開発部責任者、ファン・バステンの「オフサイド撤廃論」が各国で話題になっている。アーセン・ヴェンゲル、カルロ・アンチェロッティ、アントニオ・コンテなど、大半のリアクションが否定的だ。


そりゃそうだろう。今日のサッカーの発展から、オフサイドを切り離すことはできない。1863年に初めてイギリスで制定された統一ルールでは、ボールの前方にいる選手はプレーができないと定められた。ラグビーと同じオフサイドだ。必然的にゲームはドリブル主体になった。しかし、足でボールを扱ってラグビーをやるなんて、想像するだけでも難しい。このルールが初めて導入された試合、リッチモンド対バーンズは0-0に終わったそうだ。無理もない。


それから3年後、1866年に3人制オフサイドが導入されると、ボールの前方であっても、味方選手とゴールラインの間に相手が3人残っていればパスが可能になった。前方へのパスが解禁されると、サッカーはパスゲームに変わって行く。ところが、3人制オフサイドでは、守備側がGKとDFの2人を残したまま、低リスクでオフサイドを取れてしまう。無敵のオフサイドトラップが横行し、ゲームがつまらなくなった。


そこで1925年、2人制オフサイドへ。相手が2人残っていればOK。1人しか残っていなければ(ほとんどGKだが)、オフサイドとなる。細かい部分は今も変わり続けるが、現在も採用されているのが、この2人制オフサイドだ。あと8年経てば、100周年。それくらいの歴史がある。


ファン・バステン提案の8項目の改革案


それを撤廃しようと言えば、強烈なアレルギー反応が出るのは当然だ。このルールで楽しみ、このルールで戦術を発展させてきたのに、リセットボタンを押すなんて。サッカーの戦術書を破り捨て、一から考え直さなければならない。別のフットボールとして、新たに立ち上げたほうがいい。


……まあ、そんなことが世界中で熱く語られているのだろう。


しかし、どうにも理解に苦しむのは、なぜ今さら、このタイミングで、FIFAの要職にある人間がオフサイド撤廃を口にするのだろうか。サッカー界のアレルギー反応が出るのは、目に見えているのに。


2026年W杯の出場枠を32から48に増やした改革といい、ビデオ判定の試験導入といい、最近のFIFAは、改革、改革で、何かと騒がしい。なぜ、これほど騒がしくするのだろうか。


ファン・バステンはオフサイドの撤廃以外にも、8項目にわたって改革案を示した。『レフェリーとの対話をキャプテンのみが行う』『年間試合数の削減』については真っ当であるし、一時的な退場処分を設ける『シンビン制度』も検討の余地がある。極論ばかりを並べているわけではない。


人間心理を巧みに突いた施策


彼らは改革に“チョイス”を用意した。


品物がひとつしかなければ、人は「買うか買わないか」で迷うが、品物がふたつあれば、「どっちを買うか」で迷うらしい。悩むポイントをずらす。いつの間にか、何かを買うこと自体は前提になっている。


同じような心理法則で言えば、松竹梅も有名だ。人間は3つのチョイスがあると、松と梅をあまり注文せず、竹に落ち着こうとする。極端を回避したがる心理傾向があるらしい。これもよくわかる。


僕にはファン・バステンが、あるいはその周囲にいるFIFA関係者が、本気でオフサイドを撤廃したいと考えているようには思えない。何のメリットもない。単なるスケープゴートじゃないか? 


単体で出されていれば違和感を覚えるアイデアでも、オフサイド撤廃という極論が添えられていると、「あっちに比べればこっちは妥当かも…」という比較心理が働く。つまり、“梅”の提供だ。


また、いろいろな改革案が矢継ぎ早に出される中に、極論だけでなく、『年間試合数の削減』といった真っ当なアイデアが含まれていると、「それは変えてもいい」「すると、あっちも」と、いつの間にか“変わること自体のハードル”が下がる。


いつのまにかW杯が48カ国に!?


本命のアイデア、真っ当なアイデア、そして、オフサイド撤廃というとんでもない極論。この3種類のバランスが、改革の雰囲気をうまく作り出す。そして、いつの間にか、W杯が48カ国で行われることの違和感も薄れていく…。何かが変わるのは当たり前なんだ、そんな雰囲気に包まれながら。


実にうまいアシストだ。というより、そんな極論やアイデアをしゃべりまくるファン・バステンの個性が、うまく利用されているのかもしれない。


もっとも僕は、W杯の枠拡大には、もともと賛成だ。将来的にはその方向に進むしかないと、最初から思っていた。サッカーに力を注ぎ込む国が増え、競争力が増す中で、いつまでも同じ枠でW杯をやるわけにはいかない。日本も初出場と自国開催を機に、一気にサッカー熱に火がついた。


先行者利益で縛らず、同じような機会は公平に与えられたほうがいい。32カ国の枠のキープは、公平とは言えない。拡大するのは当然だ。


改革が性急すぎではないか?


しかし、どうにも最近のサッカー界は、優秀な政治家がうまくコントロールし、超過スピードで進めている感があり、身構えてしまう。ビデオ判定も、2018年か2019年の国際サッカー評議会で結論を出すそうだが、そうなると試験導入の期間は、1~2シーズンしかない。性急すぎやしないだろうか。


この革新的なシステムは、ルール自体も疑問を挟む余地が多く、さかのぼれる時間の制限など、決まっていないこともある。適用の原則についても、ファンや選手、監督の理解がまったく進んでいない。W杯の枠も、拡大するのはいいが、32から48は性急すぎやしないだろうか。


改革の方向性がすべて間違っているとは思わないが、飛び出しすぎてオフサイド。そんな不安を覚える、昨今のサッカー界である。やっぱり、撤廃してほしくない。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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