Jリーグ特有の文化が原因? “コーチから監督への昇格人事”が奏功する理由

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第37回

Jリーグ特有の文化が原因? “コーチから監督への昇格人事”が奏功する理由

By 清水 英斗 ・ 2017.3.9

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前監督の解任にともない、チーム内のヘッドコーチを昇格させる人事。暫定的な就任ならともかく、そのままコーチに監督を任せてしまうのは、世界的には珍しいケースだ。


サッカーのチーム運営における監督とコーチ業は、経営者と技術者ほどに性格が異なる。優秀なコーチだからといって、監督としても優秀とは限らない。また、逆もしかり。


監督にとっては、いずれ明智光秀になるとわかっている人間を家臣(ヘッドコーチ)に迎え入れるようなもので、やりにくいこと、この上ない。野心を持ったコーチは、チームの状況が悪くなれば、監督の椅子が自分に回ってくるとわかっている。実際には何も行動を起こさなかったとしても、監督のほうが疑心暗鬼に陥るかもしれない。


だからこそ世界のサッカーでは、監督とその右腕となるヘッドコーチは、セットでクラブと契約するのが常識だ。監督は永遠に監督であり、コーチは永遠にコーチ。成功もクビも一蓮托生。だからこそ、ファミリーとして仕事に集中できる。


そういう意味でも、チーム内のヘッドコーチを監督に昇格させるのは、適正のギャップと争いの火種を生み出す行為であり、デメリットが大きい。世界的にタブー人事となっているのもよくわかる。


ところが。


昨今のJリーグ、特にJ1で、世界の常識に反するコーチ昇格をよく見かける。たとえば、鹿島の石井正忠監督、仙台の渡邉晋監督、大宮の渋谷洋樹監督、FC東京の篠田善之監督、柏の下平隆宏監督。数年前にさかのぼると、湘南の曺貴裁監督、あるいは広島の森保一監督も(新潟のコーチを挟んでいるが)、自前のコーチ昇格組だ。今シーズンは、川崎の鬼木達監督が新たに加わった。


と、並べていくと……あれれ。世界のタブー人事なのに、むしろJリーグではうまくいっているケースが多いんじゃないだろうか。まだ判断するには、早い人もいるが。


コーチと監督の実績は別物


選手時代の経歴や実績、あるいは年齢にとらわれず、指導者としての力量を純粋に評価してトップの監督に抜てきされるケースは、昨今のドイツサッカーでも頻繁に見られる。しかし、ドイツで抜てきされるのは、トーマス・トゥヘルやユリアン・ナーゲルスマンなど、U-19やセカンドチームで実績を挙げた“監督”であり、トップチームの“コーチ”ではない。また、イタリアでは下部リーグからステップアップする監督の例をよく聞くが、やはりこちらも監督としての実績で評価される。コーチの実績ではない。


そういう意味では、Jリーグは世界のタブーを破りまくっている。でも、少なくとも今のところ、それでうまくいくケースが多いのが面白い。なぜ、Jリーグではコーチ昇格人事がうまくいくのだろう?


多くのクラブは、コーチ昇格の表向きの理由に「継続性」を挙げる。それは確かだろう。少なくともJ1は、戦術的なカラーがはっきりとしたチームが増えた。前監督の仕事をそばで見たコーチが、基本的な部分を引き継ぎ、「ここはこうしたほうが」と密かに思っていた部分を修正する。そんなことをやるので、チームがいきなり不安定な状況に陥るリスクは少ない。各クラブの戦力差が小さいJリーグでは、こういう部分が大切だ。


クラブの「保険」の意味もある。監督に何かコトが起こったら、コーチを昇格させればいい。監督を代える必要に迫られたとしても、シーズン中は簡単ではないので、これもリスクマネージメントだ。


日本は人間関係の和を重んじる文化


もう一つ、コーチ昇格の良さは、人間関係のスムーズなフィットにも表れる。Jリーグでは純粋な結果だけでなく、「選手の信頼がない」という理由で、監督がクビになるケースをしばしば見かける。しかし、それは欧州では珍しい感覚だろう。たとえば、2月末にクラウディオ・ラニエリを解任したレスターでは、選手たちが「ボスに逆らった恩知らず、身の程知らず」というニュアンスで、一部の監督やレジェンドから痛烈に批判されている。


監督とは“ボス”だ。上司を批判したり、逆らうことなどあり得ない。そんなことをすれば、あっという間に干される。追い出される。上下関係の距離が遠い。


しかし、Jクラブはちょっと違う。ボスと部下の関係より、もう少し目線が近い。選手が服従することより、監督が信頼されることがフロントから重要視される。おそらくこれはJクラブと欧州クラブというより、日本と欧州の文化の違いだろう。以前、心理学を専門とし、さまざまな競技チームでメンタルトレーナーを務めた経験のあるスポーツドクターの辻秀一先生をインタビューしたとき、こんなことを言っていた。


「淡々とプロフェッショナルな個が集まって、それでパッとチームとしてやれるのならいいけど、それは日本人のチーム作りには向かないです。日本人は目に見えないチームワークみたいなものが特長ですから」


ボスと部下という関係より、監督も含めた強いつながりのあるチーム。そんなチームのほうが、日本人は力を発揮するようだ。そんな背景があるので、Jリーグでは強い人間関係の構築という意味で、コーチ昇格のケースがフィットしやすいのではないか。


豊臣秀吉ならOKだが、明智光秀はNG


逆に2014年の清水エスパルスの大榎克己監督の場合は、ユースの監督として評価を上げ、トップチームに抜てきされた“近代ドイツ式”の人事だったが、成績は振るわなかった。


ドイツ式でうまくいかないのは、ユースの違いが大きいのではないか。高校生とU-19という1歳の差があると同時に、日本のユースは一度入ったら3年間継続する世界なので、プロの厳しさとはあまりにも雰囲気が違う。そのユースを率いて結果を残した監督が、即座にトップでも手腕を発揮できるとは限らない。湘南の曺貴裁監督のように、ユースの監督で評価を上げても、一度トップのコーチを挟んでから抜てきされたほうが、より成功に近づくようだ。


そんなわけで、世界のタブーだが、意外とJリーグでは合っている“コーチ昇格”。よく勉強している優れた指導者が多いし、日本式の抜てき法としては的確かもしれない。


ただし、前監督からの修正を終えた後に、2年目、3年目から、さらにチームを引き上げる手腕があるか。これは見極めたい。


さらに重要なことは、コーチの“明智光秀化”をどう抑えるか。お館様が没した後ならともかく、健在のうちから足を引っ張られてはかなわない。豊臣秀吉ならOKだが、明智光秀はダメだ。コーチとしての仕事に徹しているかどうか、強化部が目を光らせる必要がある。


逆に言えば、そんなところさえ解決できたら、コーチ昇格の人事はメリットだらけ。面白いなあと思っている。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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