若手はどこに消えた?日本サッカーの“黄金世代”に見る、競争力の本質

COLUMN川端暁彦の“プレスバック” 第12回

若手はどこに消えた?日本サッカーの“黄金世代”に見る、競争力の本質

By 川端 暁彦 ・ 2015.11.10

シェアする

10月31日、ヤマザキナビスコカップ決勝。ガンバ大阪と鹿島アントラーズというJリーグを代表するチーム同士の戦いとなったこの舞台で、先発のピッチに立った外国人選手は両チーム1名ずつだった。G大阪がFWパトリック、鹿島がDFファン・ソッコである。たまたま故障者が出ていたといった特異な状態ではなく、元々そういう陣容である。


若い読者の方にはピンと来ないかもしれないが、現在のJリーグは各クラブにおいて戦力になる外国人選手の数が、10年前、20年前に比べて明確に減少傾向にある。中国や中東諸国が資金力を付けて有力選手(特にブラジル人)を確保できるようになったことと、ブラジルサッカー自体の経済力が向上したことに加えて、日本経済の低空飛行もあってJクラブ自体の国際移籍市場における競争力は低下。結果として有力選手が獲れなくなり、もはや3人枠をフル活用できているクラブは数えるほどになって久しい。


本当にJリーグで若手選手の出場機会がないのか?


「アジア枠」の創設で日本人選手の出場機会減少が危惧する声もあったが、これは杞憂であった。Jリーグで主軸を張れる外国人選手を引っ張ってこられなくなっているからだ。結果として、日本人選手の出場機会はむしろ増えている。


そう、増えているのだ。さらに言えば、現在は日本人有力選手の多くが海を渡って欧州へ挑戦の場を移しており、国内クラブの「椅子」はその分だけ空くようになっている。Jクラブの数も50を超えて、さらに増え続けている。そういった状況の中で、この5年ばかり強く叫ばれるようになったのが、「Jリーグで若手選手の出場機会がない」という話である。


これ、何かおかしくはないだろうか?


冒頭のナビスコカップ決勝で先発した22人のうち、「U-22」(リオ五輪世代)の選手は、大抜擢を受けたG大阪DF西野貴治のみだった。西野は高卒4年目の22歳だから、若手と言えるギリギリの年齢で、人によっては「中堅」に区分する世代かもしれない。その西野にしても30分で交代を余儀なくされる出来であり、最も華々しい活躍を見せてMVPに輝いたのは、36歳のMF小笠原満男だった。実は柴崎岳に注目しようと思って試合を観始めたのだが、前半の10分過ぎには、小笠原の放つ圧倒的な存在感に視線が引き寄せられていたほどである


実力でスタメンを勝ち取った黄金世代


では、その小笠原が「若手」のころはどうだったかと思い出してみよう。ブラジル代表のジョルジーニョを筆頭に、キラ星のごときタレントがひしめいている鹿島に高卒で加入。海外組は中田英寿だけという時代だったし、いまの鹿島より競争がゆるかったとは思えないが、1年目から出場機会を得て徐々に出場機会を増やし、3年目から完全なレギュラーに定着。大活躍を見せて史上初(当時)の3冠に輝いた。


当時も鹿島の分厚い選手層に阻まれて、「ワールドユース(現・U-20ワールドカップ)準優勝を果たしたメンバーの出場機会が限定されるのでは」と危惧する声はあったと記憶しているが、小笠原にしても、同期の中田浩二や曽ヶ端準にしても、その壁を砕いてポジションを確保。のし上がっていった。


対戦相手のG大阪の大黒柱である遠藤保仁や今野泰幸にしても、高卒1年目から出場機会を得て活躍し、のし上がっていった選手たち。高卒1年目にしてJリーグのスターになっていた小野伸二もそうだが、その過程で誰かが彼らに下駄を履かせてあげたわけではない。


ポジションは競争して勝ち取るもの


現在、「若手の出場機会対策」として、さまざまなアイディアが出ている。現行のJ-22選抜はその一つ。ほかにも「J2・J3に『若手出場義務枠』を作ろう」なんてアイディアも水面下では提示されているのだが、どうにも本質的な問題から目をそらしているように思えてならない。ポジションは与えられるものではなく、競争して戦って勝ち取るものであるべきだろう。


若手が試合に出られないのは日本のシステムの問題で、必要なのは若手に下駄を履かせることなのだろうか? 獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言う。黄金世代と謳われた小笠原の同期にも、消えていった選手はたくさんいるが、這い上がって来た選手は強くたくましく、今もJリーグの舞台で戦い抜いている。谷に向かってハシゴを垂らすことで救われる選手もいるかもしれないが、本当の強さやたくましさを身に付けて這い上がってくる選手を、排除してしまうことだろう。


いまのJ1リーグで若手が試合に出られないであれば、それは単純に競争力が足りないからだ。育成が失敗しているからだ。そういう力の足りない選手が試合に出たいならば、自分の実力に合ったカテゴリーへと移っていくのが本筋で、そこで競争力を身に付けてから、上に向かって再チャレンジをすればいい。落とす谷は深くていいし、そこにハシゴは必要ない。自分の手と足で這い上がらせて初めて、彼らはホンモノになるはずだ。(文・川端暁彦)


写真提供:getty images

シェアする
川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

このコラムの他の記事