U-17代表の暫定指揮官・山口素弘が若き日本代表に説く、ぬるま湯から脱却することの意味

COLUMN川端暁彦のプレスバック第22回

U-17代表の暫定指揮官・山口素弘が若き日本代表に説く、ぬるま湯から脱却することの意味

By 川端 暁彦 ・ 2016.7.20

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7月16日から18日にかけて行われた「第20回国際ユースサッカーin新潟」で、レジェンドが新潟に帰ってきた。大会に参加したU-17日本代表の指揮を執ったのは、かつてアルビレックス新潟をJ1へ導く伝説的な活躍を見せた山口素弘氏である。日本のワールドカップ初出場という歴史の扉を開いた“伝説のイレブン”の一人でもある山口監督が若き日本代表の指揮を執る。ミドル世代のサッカーファンにはこれだけでワクワクする要素であり、会場には名良橋晃氏や森島寛晃氏といった、フランスワールドカップ時の僚友が視察に訪れていたのも、そうした雰囲気を高めていた。


さらにこの大会の第1戦で当たったのは、山口監督が不動のボランチだった“加茂ジャパン”のベストゲームという声もある1996年のキリンカップで対戦したメキシコ、そしてフランスワールドカップの第2戦で死闘を演じたクロアチアである。クロアチアのアシスタントコーチは、当時の代表選手であるペトル・クルパンであり、大会前のレセプションで山口監督とは驚きの再会となったそうだが、“縁”も感じながらの試合となった。




もっとも、試合内容自体は総じて厳しいものだったのは否めない。メキシコとの初戦こそ押し込まれた時間帯をGKの好守などでしのいで、2-0と勝利を収めたものの、クロアチアとの第2戦は、開始早々に相手FWに抜け出されるという甘さの見える失点を喫して1-1のドロー。地元・新潟選抜と対戦した第3戦も、アクセルを踏み込む選手を欠いたようなチームは攻め切れず、守り切れず。結局1-2で国内の相手に敗れ、優勝を逃してしまった。


新潟との試合を終えて「25分過ぎまで、寝ているような試合だった。アクションが弱く、連続性がなかった。ズルズルと(相手のペースに)引き込まれてしまった」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた指揮官は、結局のところ「サッカーIQの問題」とバッサリ断じてみせた。


ハーフタイムに響いた、指揮官の怒号


まさにサッカーIQで日本代表不動のボランチとなった人の言葉だけに説得力に富むが、それ以前の問題もあったように思う。象徴的だったのはクロアチアとの第2戦直前、入場へ向かう選手に向かって山口監督が「おい、アップからゆるんでいたぞ。引き締め直せ」と指示を出したシーンだろう。結果として、警告そのままに開始早々に緩慢な守備から失点を喫してしまい、相手のペースに飲まれてしまった。指揮官が「うまく殺された。あのときと同じですね」と唇を噛んだように、98年ワールドカップと同じく、クロアチアに一瞬のスキをつかれて試合の流れを持って行かれる、痛恨の展開だった。


その第2戦のハーフタイムには、山口監督の怒号が響いた。


「チャレンジしてやられるならいいよ。でも全然チャレンジしてないよな!?」

「日の丸を付けてこの試合? その意味、分かってるのか?」



国際舞台で幾多の激戦を戦い抜いてきた山口監督にとって、選手たちのアクション不足は何とも物足りなく映ったのだろう。攻撃のスイッチとなるような縦パスが入らず、相手の攻撃に対しては奪いに行くアクションよりも様子を観てしまうことが目立ち、「のらりくらりとした相手のやり方にハマっていってしまった」(山口監督)。


「メキシコ戦もそうだったけれど、日常でやっている相手とは違うスタイルの相手が向かって来たときに、対応できなくなってしまう」と受けに回ってしまう選手たちに首をひねりつつ、背中を蹴飛ばすような言葉でピッチに送り出して、最終的に同点には追い付いたものの、「不完全燃焼」という言葉が似合うゲームになってしまった。


U-17日本代表は3年後のU-20ワールドカップを目指すチームであり、現在は暫定的な活動期間。来年から誰が監督をするかも決まっておらず、山口監督はこの国際ユースin新潟と8月のチェコ遠征のみの暫定指揮官である。ただ、だからこそ指揮官は残る1回の活動にも情熱を注ぎ込む覚悟だ。


「とにかくこの選手たちに必要なのは刺激だと思う。彼らの日常とは違う刺激を与えたい。熱湯に入っているのに、慣れてしまってまるでぬるま湯につかっているような感覚にさせてはいけない」


それもすべて、ここがゴールでないことを知っているから。「U-17で代表と言っても、みんなが生き残れるわけじゃないから」と語る指揮官自身も「育成年代で代表に入るような選手じゃなかった」という事実は軽くない。いずれは全国にまだ眠っているであろう「第2の山口素弘」が発掘されて、彼らは新たな競争にさらされる。そのときに初めて「熱湯」に気付いても遅いのだ。残る1回の活動で、情熱の指揮官はあらためて「気付き」を与えようとしている。(文・川端暁彦)


写真提供:川端暁彦

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川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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