冬の選手権開幕。日本代表の半数を輩出する“高校サッカー”が持つ、本当の価値とは?

COLUMN川端暁彦のプレスバック第31回

冬の選手権開幕。日本代表の半数を輩出する“高校サッカー”が持つ、本当の価値とは?

By 川端 暁彦 ・ 2016.12.29

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12月30日、第95回高校サッカー選手権大会が開幕する。全国4000余りの参加校による、都道府県予選を勝ち抜いた48校の争覇戦。この確立されたフォーマットの中で、毎年戦いを繰り返してきた。世代を更新しながら、繰り返すことのできる幸せがあるのが、高校サッカーだという言い方もできる。


ただ、大会の位置付け自体は時代に応じて変わってきた。1993年の創設以降、Jリーグは「部活動」という枠組みに対してアンチテーゼを示してきたし、Jリーグのユースチームは人材獲得の競争力を増幅させ、絶対数においても全国津々浦々へ広がっている。


年度による差はあれど、中学年代における有力選手がJユースに進むようになっているのは確かだ。U-15日本代表選手が高体連のチームを選ぶケースは稀少になっている。


結果として、高校サッカー選手権が育成年代の映し鏡、縮図だった時代は随分前に終わっている。大会の内容や結果をもって「日本の育成年代の課題」を憂う記事が出るのが常ではあるが、木を見て森を見ない人の声でしかない。


選手権を見れば日本の育成年代のクオリティが把握できて、タレントを一望できた時代はとっくに終わっているのだ。


Jユースに昇格できなかった選手が、高校経由で花開く


一方で「だから選手権に価値がない」と言うのは早計だ。中学3年生の時点で発掘される才能というのは限定的で、これは本田圭佑や中村俊輔、長友佑都といった例を出すまでもないだろう。


今大会にもGK廣末陸(FC東京U-15深川→青森山田→FC東京)、DF杉岡大暉(FC東京U-15深川→市立船橋→湘南ベルマーレ)といった、Jクラブのジュニアユースからユースへの昇格を果たせず、高校へ進んで花開いた選手が複数いる。


中3の時点で芽の出なかったタレントが、もう一度高いモチベーションをもってサッカーに打ち込むに当たり、「選手権」が寄与しているものは確かにある。


大学経由で花開く選手を含めて、選手権や高校サッカーが日本サッカーにもたらしている果実は決して小さなものではない。これが、ユースへの昇格が絶たれた中3時で諦めるしかないシステムだったらと思うと、恐ろしさすらある。


日本代表の半数はなおも高校サッカー出身者によって占められているし、リオ五輪世代の若手に絞ってみても、今年選ばれた6名中3名(植田直通、大島僚太、浅野拓磨)は高校サッカー出身者。やはり半数に達するのだ。


彼らはいずれも中学時代は未発掘の選手だったが、「選手権」を目指す過程で才能が花開いた。その価値はやはり大きい。


実力的に、Jユースに拮抗する高校サッカー


もちろん、「選手権」の価値を“セーフティーネット”だけに求めるべきではないし、実力的な部分で高校サッカーの逆襲を実感するシーズンが続いているのも確かだ。


Jユースも参加する高円宮杯U-18を青森山田高校が制したことが象徴的だが、高校サッカーの強豪校の中には、新時代なりの選手発掘・育成、チーム作りのノウハウを確立し、Jユースと張り合えるだけの基盤を築いてきた。


今大会で言えば、東福岡や市立船橋もそうだろう。彼らは大会の優勝候補でもあるが、「たまたま選手がそろった学年」という印象を与えない。確かな「継続」のあるチームである。


年末年始の風物詩、「選手権」。高校生たちが強烈なモチベーションをたぎらせる2週間の中で、ドラマチックなゲームが数多く生まれることだろう。思わぬ逸材が台頭してくることもあるかもしれない。そしてその熱を感じることで、新たに夢見る選手たちも生まれてくる。


この繰り返しによって、高校サッカーは人を育ててきた。時代が移り、風向きが変わったとしても、そこには変わらぬ風が吹いている。(文・川端暁彦)


写真提供:getty images

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川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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