有望新人でも、初年度年俸480万円。若手の成長を阻害する制度に変革を

COLUMN川端暁彦のプレスバック第34 回

有望新人でも、初年度年俸480万円。若手の成長を阻害する制度に変革を

By 川端 暁彦 ・ 2017.2.10

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2月1日から3日にかけて実施された、Jリーグの新人研修に行ってきた。2月1日をもって、学生から個人事業主への脱皮を促された選手たちに対して行われる研修である。税金からドーピング、八百長、メディア対応、SNSの炎上に至るまで、学生がプロになったときにぶち当たる壁を想定しながら、基礎的な知識が叩き込まれる場だ。


言ってみれば、「夢としてのプロサッカー選手」から「現実としてのプロサッカー選手」へ橋渡しを行うわけである。そう言われたところで響かない選手も少なからずいるわけだが(座って話を聞くという行為自体にハードルを感じる層もいるのだ)、一定数に響けばそれで良し、である。座学が苦手な選手にしても、一つ二つ響く材料があれば、やはり無意味ではない。


日本の学校制度は「忠良な会社員」の育成に寄っている部分が少なからずあり、自分の足で立つことを求められる個人事業主、つまりプロサッカー選手やフリーランス、起業家が育ちやすい土壌ではない。


その良し悪しについては何とも言えない部分もあるが、サッカー選手になった彼らがベースとして持っている知識や認識の浅さと薄さは、こうした学校教育と無縁ではない。選手を大きなクラブに送り出すことを「良い会社に送り込む」かのように錯覚している学校関係者は少なくないし、保護者にもある傾向である。


プロとして食べていくことの難しさ


当たり前だが(だが当たり前と思われてないことだが)、大きなクラブに入れば将来が安泰なんてことは欠片もない。


高校生より4歳年長の分だけ、総じて知識のある大学生についてもこの傾向はある。大学の学友たちが日々送っている「就職活動」と似た感覚を抱きがちだからだろう。より大きなクラブ(会社)からの「内定」を勝ち取ることが「就職活動の成功」という考え方だ。しかし現実は、プロになること以上にプロとして食っていくことのほうが難しい。


プロサッカー選手の平均引退年齢26歳というリアルな数字が示すとおり、27歳以降もサッカーを続けられる選手は数えるほど。ここから始まるのは、会社の仲間と過ごす日常などではなく、相応に過酷な生存競争である。


J1の大きなクラブに入れば有利なんてことはなく、むしろ不利に働くケースもしばしばある。公式戦での出場機会を失っている選手は、徐々に市場価値を喪失していくからだ。


新人の年俸上限480万円が意味するもの


日本の新人を巡る問題は、制度的なゆがみも一因だ。最たる例はC契約制度にある。新人の年俸を基本的に480万円以内に制限するこのシステムは、本来は需要と供給によって成立するべき彼らの、市場価値を崩壊させている。ある程度のバリューを持った新人であれば、皆が同じ値段になるからだ。


たとえば、Aというクラブが、ある新人に対して「レギュラー候補だ! 3000万払ってでも欲しい!」と思っていたとしても、提示額は480万。一方、Bというクラブが「480万円で右サイドバックの3番手が獲れるならば」と同じ新人にオファーしていたとすると、新人サイドから見えるのは同じ480万円という金額である。この新人が適切な判断基準を持てなかったとしても、果たして責められるだろうか。


これは極端な例に思われるかもしれないが、実際にあったケースである。新人たちはクラブを選んだ理由として、熱意や誠意を挙げることが多いのだが、多くの場合それはスカウトマンに由来するものであって、現場の熱意とイコールでないことが多い。


健全な競争環境の導入を


新人契約を480万円に制限することは、もう一つの問題も生み出している。クラブの人件費抑制策として「新人でやりくりする」ことが有効に過ぎるからだ。


Jクラブは現状、年俸制限のないA契約の選手に限って保有数の制限を設けており、逆に言えば新人は獲り放題となっている。これで何が起きるかと言えば、「各ポジションの3番手にC契約の選手をあてる」という施策である。


現状の仕組みは、出番のない若手選手がクラブに留め置かれることを促進するようなもので、これは早々に改革するべきだろう。


C契約制度をいきなり廃止するとまでは言わずとも、その上限金額を引き上げ、安直な新卒補強を抑制しつつ、少しでも健全な競争関係のある「市場」を作ることが必要ではないだろうか。(文・川端暁彦)


写真提供:getty images

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川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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