スペイン戦、勝利の要因は森保監督のマネージメントにあり。実を結んだ、選手参加型のリーダーシップ

ドイツとスペインに勝って日本が首位通過。小説家や漫画家も書かないウソ臭いストーリーだが、事実である。それは小説より奇なりだった。
スペイン戦の日本は、ドイツ戦よりも優れていた。『opta』によると、ゴール期待値は日本の1.3に対してスペインが1.1。日本が上回った。実感としてもスペインに約8割のポゼッションを握られた割には、危機が少なかった。
日本のグループステージ突破に関しては、今まで見せなかった奇策の成功、修正力を見せた森保采配など、多くの人が似た勝因を語っている。筆者も言及はしたし、妥当だと思う。が、正直なところ、最もクリティカルな要因ではないとも思っている。
日本が挙げた2勝、これはマネージメントの成功がもたらした勝利だ。
スペイン戦について、当初の日本は5-3-2で前線から人を当ててアグレッシブに試合に臨むことを計画したが、前日に5-4-1に変更した。
5-3-2の手応えが今ひとつだったこともあり、鎌田大地がフランクフルトでバルセロナと対戦した経験として、5-4-1を提案し、それが採用されることになった。
そのため、予想に反して消極的な前半にはなったが、ある意味、これまでの森保ジャパンのゲーム戦略には合致した。
前半我慢の後半勝負
選手全員が「1点まではやられても大丈夫」という謎の自信に満ちており、「前半我慢の後半勝負」は、全員がコミットできる勝利の方程式として成立していた。スペイン戦の5-4-1は、それを具現化するシステムとして最もふさわしい。
選手もピッチ内で見事な対応力を見せた。序盤、パウ・トーレスからガビへの斜めのパスが通り、前半2分、6分など、ガビを起点に崩されることが多かった。
守田英正は自分がブスケツを見るため、ガビに対しては谷口彰悟に前へ出てきてほしいと試合中に要求している。守田が両方を見ると、ブスケツが浮きやすくなってしまうので、その解決策だ。
この対応が明確になると、パウ・トーレスから斜めのパスは通りづらくなり、守備は安定した。
試合中に修正を施す
ハイプレスの修正もあった。前半から機を見て高い位置へプレッシングを仕掛けていた日本だが、前線が相手GKとセンターバックを追い詰めた結果、相手サイドバックが最終的にフリーになりやすく、そこからスペインに脱出を許していた。
谷口によれば、「(長友)佑都さんが相手のウイングにロックされた状態で、前へ行けなかった」とのこと。
しかし後半、長友に代わって三笘薫が入ると、それに伴って対応を修正した。「(三笘の)良さが生きるように、彼が高い位置を取れるようにしなければいけない」という共通理解もあり、三笘は思い切って右サイドバックまでプレッシャーに行った。
中途半端はダメ。守るときは徹底して守る。行くときは、相手に一切ヘッドアップさせない勢いで行く。
三笘が右サイドバックまで行く場合、後方が3対3の同数になるリスクはあるが、1点負けている状況と三笘投入がきっかけとなり、そのリスクを全員が受け入れた。
三笘がカルバハルを追い詰め、さらに逆サイドでは伊東純也も縦スライドしてバルデを追い詰め、その思い切ったプレスが実ったのが、堂安律の先制ゴールだった。
合意式マネージメント
谷口は難しいリクエストに次々と応えた。他の選手もよくコミュニケーションを取り合い、試合中に柔軟に変化させた。
『対応力』。これは森保ジャパン発足時からのキーワードだ。けが人状況も含めた急場のシステム採用や戦術に適応する力。試合中には監督の指示を待たず、ピッチ内で選手が自ら修正に動くことができる力。いよいよ、その対応力の高まりを感じられるチームになってきた。
森保ジャパンは「合議制」とも言われたが、それはマネージメントの一つの手段でしかなく、本質からズレている。実際、スペイン戦の最初の準備は、森保監督から指定された5-3-2でトレーニングを始めているのだから、そこに合議はない。
より正確に言うなら、合意式だ。選手個々がチームの意思決定に関わること。
アイデアを出すのは誰でもいいが、それに対して意見や疑問を出しながら、確認、理解、納得して一歩ずつ進む。それは自分がチームの一員である実感を強め、やがて覚悟になる。
すべてを合議で決めていては、あまりにスピード感を欠くので、その必要はない。ただ、大なり小なり選手自身がチームの方針に関わっている自覚があれば、チームのどこからでも意見が出る全員参加型の組織になっていく。
そうしてチームは一体感をまとう。意思決定についての合意式文化を持つ、日本の風土に合ったやり方だ。
対応力で上回る
また、今の日本代表は選手自身がチームの試行錯誤に携わっているので、うまくいかないときにどう修正すればいいのか、その方法も選手自身が見出せる。
ドイツ戦では交代をきっかけに試合を好転させたが、スペイン戦では交代がなくても、ピッチ内で様々な修正を行っていた。
ドイツやスペインは監督が明確な戦術を持ち、それをトップダウンで実践してチームを作り上げている。
素晴らしい完成度だが、一方でうまくいかなくなるとパニックに陥り、試合中に修正が利かなかった。こと対応力においては、日本がスペインやドイツを上回ったとも言える。
これは森保監督のマネージメントが生み出した産物だ。
もちろん、ずっとこれだけで良いとは思わない。
スペイン戦やドイツ戦は、ある意味では相手が戦術を決めてくれる試合だった。選択肢は最初から少なく、日本の戦い方は自然と絞られた。
しかし、コスタリカ戦は相手が隙を見せない以上、自分たちで主体的に戦い方を決めなければならず、相手を壊すやり方だけでは通用しない。積み上げた質で勝負するしかない。その引き出しは不足していた。
ただ、そうしたダメ探しの前に、今回できていることを明確に残す必要がある。それこそが継続性だからだ。
チームは一つになった
森保監督はマネージメントに成功した。それがグループステージ突破を果たした、最も大きな要因だ。「チームが一つにならなければ、ワールドカップでは勝てない」と長友佑都を始め誰もが繰り返すが、ではどうすれば「一つ」になれるのか。
森保監督がやっていることは、ボトムアップ型の代表チームの作り方として、一つの指針を示した。
これを「選手だけで決めて監督は何もしない」とか、極端な二元論で捉えていては本質を見誤るだろう。
思い返せば、2019年や2020年頃の森保ジャパンについては、基準がない、修正しない、采配が遅いと、批判ばかりしていた筆者だが、今は一周回って、違う視点を得た。選手参加型のリーダーシップに感銘を受けている。(文・清水英斗)
写真提供:getty images