「“根性は絶対に負けない”と叩き込まれた」増嶋竜也が市船時代を振り返る。天皇杯マリノス戦で退場の真相は…

「“根性は絶対に負けない”と叩き込まれた」増嶋竜也が市船時代を振り返る。天皇杯マリノス戦で退場の真相は…

2022.8.6 ・ Jリーグ

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 元日本代表MFの鈴木啓太氏が8月5日、自身のYouTubeチャンネルで最新コンテンツを投稿。柏レイソルやジェフユナイテッド千葉などでDFとして活躍した増嶋竜也氏がゲスト出演し、高校時代などについて語った。


 小学校2年の時に兄の影響でサッカーを始めた千葉出身の増嶋氏。小学校時代にFWとして関東選抜に選ばれたが、千葉のジュニアユースはセレクションで不合格となり、地元の中学校でプレー。引き続き関東選抜には選ばれていたものの、チームとしては思うような結果を残すことができなかったという。


 高校の進路では、名門・市立船橋のセレクションを受けたが不合格。猛勉強の末、一般入試で入学した。当時の市船の練習は「THE根性」「目の前のやつに絶対に負けるな。“根性は絶対に負けない”と叩き込まれました」と回想。鈴木氏は「あの市船が!?」「THE高校サッカーなんだね」と驚く。

  飛躍のきっかけになったのがDFへのコンバートだった。FWとしてBチームやCチームで練習していたが、当時の布啓一郎監督はB・Cチームの練習も欠かさず見ていた。1年生のインターハイの直前に指揮官からDFの適性を見出され、Aチームに抜擢された。


 高校時代にインターハイ、選手権、高円宮杯で優勝を経験したなかで、特に注目されたのが3年時の天皇杯の横浜F・マリノス戦。結果的にPK戦で敗れたものの、増嶋氏の得点もあり2点ビハインドを追いつく内容だった。だが、イエローカード2枚で退場となった自身にとっては苦い思い出だったという。


 89分の2回目の警告となった原因は、体力の限界だった。けいれんが足だけでなく腰まで及び、転倒してしまう。この転倒がシミュレーションと判定されてしまった。


 本人にとっては「良い思い出がない。記憶からかき消していた黒歴史」。ただ、「Jリーガーになって天皇杯で(アマチュアチームと)戦う時に、失うものがなくて勢いで戦うチームってこんなに強くなるのかと感じました」と自身の経験に重ね合わせて振り返った。


構成●サッカーダイジェストWeb編集部



 

記事提供:サッカーダイジェストWEB

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