【水戸】鮮烈デビューの山田康太が移籍を決めたふたつの理由。覚悟と自覚を胸に”プリンス”は輝けるか

【水戸】鮮烈デビューの山田康太が移籍を決めたふたつの理由。覚悟と自覚を胸に”プリンス”は輝けるか

2020.2.28 ・ Jリーグ

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 水戸は開幕戦で昨季3位の大宮をホームに迎えた。そのなかで90分間眩い輝きを放っていた選手がいた。横浜から期限付き移籍で加入した20歳の山田康太だ。


 山田は中盤を幅広く動いてゲームを組み立て、守備でも大きく貢献。そして最大の見せ場は56分に訪れた。FKのこぼれ球を味方から受けた背番号7は、深い切り返しでマーカーをかわし、右足を一閃。強烈なシュートを叩き込み、0-1の状況でチームに大きな同点弾をもたらした。最終的に1-2で敗れたが、「全く悲観する内容ではないですし、僕らの方がいい攻撃をしていたという自負もあります」。そう胸を張った山田の言葉が、水戸の可能性を示していた。


 横浜のアカデミー時代から「ハマのプリンス」と呼ばれ、将来を嘱望されていた山田は、昨年にU-20日本代表のメンバーに選ばれ、本大会で全試合に先発。同世代では間違いなく日本屈指の実力者だ。しかし、クラブでは不遇を味わっている。ルーキーイヤーの一昨季は横浜で8試合・1得点。昨季の前半戦に所属していた横浜でも1試合のみの出場と不完全燃焼に終わり、8月に移籍した名古屋では、監督交代も影響してか出場機会を得ることはできなかった。

  とはいえ、「この2年間は決して無駄ではなかった」と言い切る。「毎日、日本のトップの選手たちと一緒に練習して自信をつけることもできましたし、いろんな監督の下でプレーして、いろんなサッカーを学ぶことができた」と前向きで、自らの成長を実感していたという。


 プロ3年目の今季も横浜に残る選択肢は残されていたというが、移籍を選択。しかも、カテゴリーをJ1からJ2に落とす決断を下したのだ。


「昨季、小さい頃からお世話になっているクラブ(横浜)が優勝したことは素直に嬉しかったですが、(名古屋に期限付き移籍していたので)優勝する瞬間に立ち会うことができませんでした。チームの一員ではなかったんです。横浜に残って勝負をする選択肢はありましたが、今年でプロ3年目ということで、そろそろピッチで自分を表現することが必要だと感じていました。シーズンオフに様々な話をいただいたなかで一番ステップアップできると思って、水戸に来ることを決めました」


 水戸を選んだ最大の理由はスタイルにある。伝統的にプレッシングを軸としたサッカーを繰り広げている水戸に「自分が合うと思った」と説明。「プリンス」という呼び名がイメージさせるように、高い技術を生かしたチャンスメイクが真骨頂で、さらにハードワークと球際の強さも自信を持っており、「自分の武器を最大限に生かせるチーム」として選んだのだった。

  そして、もうひとつ理由がある。秋葉忠宏監督の存在だ。U-20日本代表でコーチを務めていただけに指揮官には全幅の信頼を寄せる。「信頼できる人がいるのは大きかった。水戸が最も『このクラブで頑張りたい』と思わせてくれるクラブだったので決めました」と移籍の経緯を語る。


 華々しい水戸でのデビュー戦。しかし、「途中からゲームをコントロールできていなかった。もう少しリーダーシップを取って、声を出して落ち着かせればよかった」と悔しさを露わに。そして力強い口調でこう口にした。

 「僕は上のカテゴリーから移籍してきただけあって、多少はサポーターから期待されていると思う。そういうプレッシャーを感じながらプレーすることで選手としてさらに成長できるはずです。なので、点を取れなくてもプレーの質でチームを引っ張って、勝利に貢献できるようにしたい。自分自身にプレッシャーをかけながら、皆の期待に応えられるような選手に――」


 開幕戦のゴールはほんの挨拶代わり。若きリーダーとして、勝利に向けてチームを引っ張っていく。その自覚と覚悟が山田康太を、プリンスを、さらに輝かせることだろう。


取材・文●佐藤拓也(フリーライター)

 

記事提供:サッカーダイジェストWEB

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