中東シリーズで明らかになった、ハリルホジッチの『戦略家』としての資質

中東シリーズで明らかになった、ハリルホジッチの『戦略家』としての資質

2015.10.15 ・ 日本代表

シェアする

後半10分、25分、43分の得点で、3-0と快勝した、ロシアW杯アジア2次予選のシリア戦。そして、後半3分の同点ゴールで1-1と引き分けた、親善試合のイラン戦。この2戦における日本の得点は、すべて後半に決まっている。この事実に着目したい。


ハリルジャパンは、これまで11試合で26得点を挙げた。そのうち前半に決まったのは9得点、後半は17得点。前後半で2倍近くの差がある。といっても、驚くことではない。そもそもサッカーは、後半にたくさんのゴールが決まるスポーツだからだ。


後半は時間と共に疲労の色が濃くなり、集中力が下がる。その一方、選手交代でフレッシュなアタッカーが入ってくる。加えて、スコアをひっくり返すためのリスクを、負けているチームが許容することで、オープンな展開が増え、さらにゴールが決まりやすくなる。それが後半45分の特徴だ。Jリーグでいえば、実際に前半の約1.5倍のゴールが、後半に決まっている。これは『サッカーの定理』と言える。


注目したいのは、その定理をうまく組み込んだゲーム戦略を、シリア戦でハリルホジッチが実践したことだ。


“およそ戦いとは、敵の意図に正対して不敗を築き、状況変化に適した虚を突くことで勝利する”。これは兵法書『孫子』に記された一文である。


中立地とはいえ、中東での試合だ。苦しい時を過ごす祖国を想い、シリアの選手たちは試合に対するモチベーションがとても高い。さらに日本に対して優位性のある『球際の強さ』をベースに、アグレッシブに挑んできた。


前半は退屈な展開に持ち込み、後半に止めを刺したシリア戦


前半の日本は、ハードワークできる原口元気を左サイドハーフに、ダブルボランチは球際で戦える山口蛍と長谷部誠を起用した。シリアのフィジカルに対抗できる、やや守備的なセットだ。そしてピッチを広くカバーし、ポジションのバランスを崩さず、サイド攻撃を中心にリスクを抑えて戦った。その結果、ビッグチャンスの少ない“退屈な0-0”で『敵の意図に正対して不敗を築き』(孫子)、前半を終えている。


後半、ハリルホジッチは両サイドハーフの本田圭佑と原口に対して、中に入るように指示を出し、中盤の距離感をコンパクトに縮めることを要求した。これにより、短い距離でワンタッチのパスをつなぎやすくなり、コンビネーションが向上。さらに後半21分、原口に代わって細かいテクニックに長けた宇佐美貴史を投入。まさに『状況変化に適した虚を突くことで勝利する』(孫子)作戦だ。


疲れの見えるシリアは、ハリルジャパンの後半戦略についていけず、苦しむことになった。結果的にはシリアがスペースを空けたところをカウンターで突き、岡崎慎司のPK奪取から先制ゴール。さらに2点を追加して完勝を収めた。


退屈な前半は、後半に向けた勝利の布石


アグレッシブな対戦相手に対して、こちらも“自分たちのサッカー”で前半から殴り合うのではなく、まずは相手のサッカーに正対し、不敗を築く。そして、後半の状況変化に対し、虚を突いて勝利を収める。シリア戦でハリルジャパンが見せたのは、兵法のセオリーに沿った見事なゲーム戦略だった。


シリア戦の前半を「つまらない」と感じた人は多かったのではないか。その気持ちはよくわかる。しかし、結果を残すチームほど“つまらない時間”を90分の中に意図的に作るのも事実なのだ。


たとえば『数十年に一度のドリームチーム』と称されたグアルディオラのバルセロナも、後半に2点差をつけた後の試合運びは“時間殺し”である。テレビのスイッチを切っても構わないほど、何も起こらない退屈な時間を、ポゼッションによって生み出した。あるいはブラジルワールドカップで優勝したドイツもそう。チャンピオンズリーグで優勝したモウリーニョのインテル、ディ・マッテオのチェルシーなどもそう。結果を残すチームほど、“何も起こらない時間”を、ゲーム戦略で作っている。たとえ相手がバタバタと騒いでも、何も起こらない。何も起こさせない。


逆に、90分間にわたり、アグレッシブで動きのあるサッカーを見せるチームはどうかといえば…。


たとえば、2000年代前半の絶頂期のアーセナルを思い起こすと、魅力的な攻撃スタイルにより国内リーグでは無敵を誇りながらも、チャンピオンズリーグという欧州戦では勝ち進むことができなかった。


あるいは2009年にオランダで親善試合を行った岡田ジャパンは、目の肥えた相手ファンから称賛されるほど美しい試合内容を見せながらも、60分間で足が止まり、その後は怒涛の3失点を喫して0-3で完敗した。


また、2010-11シーズンにブンデスリーガ優勝を果たしたドルトムントは、チャンピオンズリーグ初挑戦となる2011-12シーズン、優勝チームの長所をそのままぶつけて、グループステージ敗退に終わった。そして翌シーズン、長所を出すだけでなく、対戦相手に合わせたチャンピオンズリーグのゲーム戦略を整理したドルトムントは、動きのない時間を意図的に作り、バイエルンとの決勝戦まで駒を進めている。


90分間ずっと楽しい試合、やりたいサッカーを実践して、無邪気に勝てるのなら、それに越したことはない。しかし、サッカーはそんなに甘くない。対戦相手、気候、芝、コンディションなど状況に応じて、相手の激しい勢いを削ぐ、“つまらない時間”を作るゲーム戦略がなければ、国際舞台で結果を残すことは難しい。


戦略家としての手腕が際立つ、ハリルホジッチ


戦略と戦術の違いは何か? 長期的&総合的な視点で立てられた計画を『戦略』と呼び、それを具体的に行う手段を『戦術』と呼ぶ。


縦に速い攻撃、ポゼッション、リトリート、ハイプレッシング。このような戦術は、ひとつの手段に過ぎない。いつ、それを発揮するのか。なぜ、それを用いるのか。ハリルホジッチは、戦術という部品を組み込んだ、ゲーム戦略を立てるのがうまい。


もちろん、前半にリスクを冒さないまま、すなわち堅い試合運びのままで先制できれば、それに越したことはないが、シリアと日本にそこまでの実力差はなかった。リスクを冒す必要があるなら、いつ冒すべきか。たとえば、宇佐美をどのように用いるべきか。


そして、これは今までの日本代表に欠けていた視点だと言える。戦術はあっても、戦略がない。だから、プレッシングにしろ、カウンターにしろ、ポゼッションにしろ、90分間同じことをやろうとして、試合の変化に合わせられない。


退屈な前半と、流動性を増した後半。シリア戦は見事なゲーム戦略だった。


ところが、ここには致命的な欠点がある。シリアが積極的に挑んできたからこそ、この戦略は効果的だったが、もし相手チームが日本と同じように抑え気味にきたら、この戦略は成り立たない。どちらも動かず、こう着状態になってしまう。もっとも、昨今のワールドカップの決勝トーナメントは、そんな試合ばかりだが。


イラン戦で見せた奇襲攻撃


その後に行われたイラン戦のゲーム戦略は、シリア戦とは正反対だった。


宇佐美をスタメンで起用し、本田と共に、前半からかなり中央に入ったポジションを取った。日本のコンビネーションを出しやすい距離感だが、前半は相手がまだフレッシュな状態である。うまく攻められずに球際で潰され、逆に前線が中央へ寄ったことでサイドのスペースが空き、再三にわたって宇佐美が空けたスペースからサイドアタックを食らってしまった。


イラン戦は親善試合であるため、「リスクを負ってトライする」と公言していた、ハリルホジッチ。うまくはいかなかったが、もしかすると第8節プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッド戦のアーセナルのように、序盤に3点を奪って試合を決めてしまうような、奇襲戦略を思い描いたのかもしれない。結果は出なかったが、6月のシンガポール戦、東アジアカップの北朝鮮戦などは、同じような意図が見られた。


対戦相手はハイテンションで挑む試合ばかりではなく、ふわっとした様子見の入り方を選ぶケースもある。その要因はさまざまだ。大会の初戦であったり、得失点差が微妙な対戦であったり、あるいは連勝中で気が緩んでいたり。


そこに奇襲をかけ、序盤の大量得点で試合を決めてしまうゲーム戦略も、当然、用意して然るべきだろう。ちょっとドイツサッカー的であり、あまり日本サッカーで多く見られる戦略ではないが、うまくいくなら面白い。


縦に速いサッカー、ワンタッチコンビネーションなど、さまざまなキーワードが飛び交い、「ハリルのサッカー」と評されてきた。だが結局のところ、ハリルホジッチはゲーム戦略を実践するための『部品』を増やそうとトライしているに過ぎない。


ハリルホジッチの本質とは?


この指揮官の本質は『ゲームの戦略家』だ。それはドイツのレーヴ監督を筆頭に、昨今のサッカー界における代表監督のスタンダードでもある。


手段=戦術そのものにカラーやスタイルを見出すのは、クラブを指揮する上では王道のひとつ。しかし代表チームにおいては、移動や環境、コンディションなど、試合の条件がより複雑化する。そのため、ひとつの戦い方ですべての試合を乗り切ることは極めて難しくなっている。複数の手段をいかに使い分けるのか、『ゲーム戦略』の重要性は、以前にも増して高まった。


日本のサッカーも、大人の階段を登る時期に来ている。試合の状況に応じて、カメレオンのようにゲーム戦略を立てるハリルジャパン。“つまらない時間”には、そんなところを見ると、試合が面白くなるのではないだろうか。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

シェアする

最新記事

おすすめ動画