【なでしこの現状に迫る!|熊谷紗希×岩政大樹#2】女子が男子に勝つ方法とは?W杯優勝は嬉しかったが個人的には…

【なでしこの現状に迫る!|熊谷紗希×岩政大樹#2】女子が男子に勝つ方法とは?W杯優勝は嬉しかったが個人的には…

2017.9.14 ・ 日本代表

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岩政大樹 熊谷選手は、小さな頃から自分で考える習慣はありましたか?

 

熊谷紗希 めちゃくちゃありました。小学校の頃は男子にも勝てたんですが、中学になると「この前まで私のほうが速かったのに」とか「高かったのに」という経験ばかりで……。そのなかで、自分がどうやって生きていくかを必死で考えました。

 例えば、1位抜けのランニングをする時も、始めは力をセーブするんです。チームメイトの男子たちは1本目から全力疾走するので、そのうち全員落ちます。私はそこからが勝負。絶対にチームで5番目に足が速いわけじゃないのに、その方法で5番目くらいには抜けていました。

 16歳で初めて代表に呼んでもらった時も、周りとの力の差に打ちのめされて、そこで何が違うのかを考えましたね。

 

岩政 自分がどうしたら勝てるかを考えていたんですね? 改めて、熊谷選手は、なぜ日本代表まで来られたと思います。

 

熊谷 ひとつは、今言った中学校の部活の経験です。自分が男子に勝つために試行錯誤していたら、女子チームでプレーする時にすごく余裕が出ました。私は、そういう成功体験が多かったように思います。

 あとは高校ですね。宮城県の常盤木学園に行き、そこでの仲間や先生との出会いが今につながっています。

 

岩政 悔しい経験をした時は、反骨心を燃やすタイプですか?

 

熊谷 そうですね。私は高校の先生に褒められたことが、おそらくありません。怒られることが多くて、いつも「見返してやる」と思っていました。だから、間違いなく言われて伸びるタイプ。褒められては伸びません(笑)。

 

岩政 兄弟はいますか?

 

熊谷 兄がいます。4つ上です。

 

岩政 兄に対する対抗心もあったのでは?

 

熊谷 最初はありました。4歳も違うのでまったく敵いませんでしたが、高校を卒業する頃には絶対に負けなくなりましたよ。

 

岩政 私は高校進学の際に、山口県内の一番強い高校に誘われたんですが、親元を離れることになるので断りました。そもそもプロサッカー選手になるつもりがなかったんです。でも、熊谷選手は常盤木学園に越境入学した。そのパワーはどこから来たんですか?熊谷 高校の練習に参加させてもらった時に上手い人がいっぱいたし、中学生の男子や社会人の男子との練習試合にも出してもらって「ここでサッカーをしたらもっと上手くなれるな」と思ったんです。

 

岩政 両親からの反対はなかったんですか?

 

熊谷 最初はすごく反対されました。うちは両親が教師なんですが……。

 

岩政 うちも一緒です。しかも、私は3つ上に兄もいるし、環境が似ていますね。

 

熊谷 それで勉強のこともうるさく言われて……公立高校に進学して社会人のチームでサッカーを続けるか、道外に出ていくしかなかったんです。もし北海道で続けたら、全国大会は年に1回の皇后杯しかない。「それはどうなの?」と考えていた時に、お話をいただいて、行ってみようかなと。常盤木学園はサッカー推薦で大学に進学しているOGもいて、両親も大学に進学する約束で行かせてくれました。

 

岩政 高校でもサッカーと勉強の両立を?

 

熊谷 中学校の遺産でなんとかなりました。高2くらいからA代表とU-20代表などを掛け持ちして学校は公欠だらけ。2、3年の時は100日くらいあったかもしれません。それでも内申点を落とさなければ「大学は推薦でなんとかなりそうだな」という感じでした。

 

岩政 そこから浦和レッズレディースに入ると決めますね。

 

熊谷 高校2年の時に皇后杯でレッズと対戦して「まさか勝っちゃうかも」という試合ができました。その時に声をかけていただいて、安藤さんもレッズにいたので決めました。

 

岩政 2年生で勧誘の話が来るんですね。その頃から代表にも選ばれていますが、ハイレベルな選手たちから何を感じましたか?

 

熊谷 「サッカーってこんなに考えるんだ」と思い知りました。ポジショニングもそうだし、ラインコントロールについても言われました。紅白戦ひとつでも、練習後に全員で映像を見返すんです。

 

岩政 ボールの奪いどころやポジショニングの細やかさに衝撃を受けたと?

 

熊谷 そうです。ただ、徐々に疑問も持つようになりました。代表に入った初めの頃は、ほぼ先輩に合わせてプレーしていたんです。だから、2011年のワールドカップ優勝は嬉しかった反面、「自分個人では何をできたかな」とも思いました。そこで海外の選手と日常的に対戦して個人として成長するために、海外に出たかったんです。岩政 代表に呼ばれて新しい情報が入ってくると、また考えることが増えます。楽しかったのでは?

 

熊谷 楽しかったですが、海外に出てからは「組織ばかりを考えて、1対1で抜かれたらどうしようもなくない?」と思うことが多くなりましたね。カバーありきで守っていたら、効率が悪くなってしまいますから。

 

岩政 確かに、組織を強調し過ぎると1対1の責任感が薄れてしまいます。

 

熊谷 ええ。カバーありきで守るのではなく、1対1で奪うのが基本です。ヨーロッパに行った初めの頃は、そのギャップに苦しみました。クラブだとカバーリングを意識し過ぎて上手くいかないし、なでしこジャパンに帰ってくるとカバーリングを求められるし、で。

 

岩政 今はそのバランスをどう捉えていますか?

 

熊谷 今は抜かれない守備ではなく、「奪おう」と言っていますし、自分ができるだけ前で勝負できるようにしています。自分の長所は1対1や局面の戦い。海外で一番成長した部分を、代表でも出していければと思っているんです。

 もしかすると、余裕が出てきたのかもしれません。代表では自分中心にチームを動かせるところもあるので、上手く回りと合わせながら自分が取りに行くところは取りに行く。隣の選手にも「後ろを気にせずボールを取りに行って」と言っています。今のなでしこジャパンは、高倉監督が「奪いに行け」という方針なので、私もやりやすいです。

 

岩政 細かにカバーリングするより、ボールにアプローチするわけですね。

 

熊谷 そうです。ヨーロッパだと、奪いに行くのか、それともカバーするのかみたいな中途半端なポジショニングが、一番味方も困ります。向こうの人たちはあっさり抜かれますが、プレーがハッキリしているから、こちらも次のプレーが決めやすいんです。

 

<<#3に続く>>

 

【プロフィール】

熊谷紗希(くまがい・さき)/1990年10月17日、北海道出身。小学3年次に本格的にサッカーを始め、真駒内中を卒業後は、親元を離れて宮城県の常盤木学高に進学。高校2年次になでしこジャパンに選出され、2011年の女子ワールドカップ優勝、2012年のロンドン五輪準優勝に貢献。クラブレベルでは09年から浦和レッズレディースに所属し、11年にドイツにFFCフランクフルトへ。13年からフランスのリヨンに在籍し、15-16シーズン、16-17シーズンと女子チャンピオンリーグを連覇している。

 

岩政大樹(いわまさ・だいき)/1982年1月30日、山口県出身。J1通算290試合・35得点。J2通算82試合・10得点。日本代表8試合・0得点/鹿島で不動のCBとして活躍し、2007年からJ1リーグ3連覇を達成。日本代表にも選出され、2010年の南アフリカW杯メンバーに選出された。2014年にはタイのBECテロ・サーサナに新天地を求め、翌2015年にはJ2岡山入り。岡山では2016年のプレーオフ決勝に導いた。今季から在籍する東京ユナイテッドFCでは、選手兼コーチを務める。

記事提供:サッカーダイジェストWEB

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