「チームは4位なのに喜んでいた…」“元神童”ウォルコットがアーセナル時代を回顧! 最も悔しかった出来事は?

「チームは4位なのに喜んでいた…」“元神童”ウォルコットがアーセナル時代を回顧! 最も悔しかった出来事は?

2021.1.17 ・ 海外サッカー

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 今シーズンからサウサンプトンにレンタルで15年ぶりに復帰したセオ・ウォルコットは、17歳だった2006年に加入したアーセナルで12年を過ごした。


 英スポーツ専門ラジオ局『talkSPORT』のインタビューに答えたウォルコットは、“神童”と言われていた当時にチェルシーやリバプールからも誘いがあったとしたうえで、アーセナルは最善の選択肢だったと話している。


 当時、イングランド・サッカー界の未来を担うと期待されていたウォルコットは、「アーセナルにはアイドルがいたんだ。ティエリ・アンリだよ。それに、アーセン・ヴェンゲルは若手にとても多くの機会を与えていた」と述べた。


「彼らにノーとは言えないと思ったんだ。僕が下した中で最高の決断のひとつだった」


 1年後に憧れのアンリがバルセロナへと去ると、ウォルコットはのちに背番号14を受け継いだ。ただ、本人は当初、その重みをあまり考えていなかったという。「もともと8番を望んだんだけど、サミア・ナスリを獲得したシーズンで、ダメだと言われたんだ。だから14番にすると言った。僕は迷信深くないし、そのつながりを本当に考えなかったんだよ」と明かした。


「それから突然思ったんだ。『くそっ、ティエリの番号にしちゃったじゃないか!』ってね。アンリからはサイン入りのユニホームをもらった。『14番を付けろ。14番から』とあったよ」

  ただ、アンリと一緒だった期間が短かったこともあるのか、ウォルコットが最高のチームメイトと考えているのは別の選手だ。ウォルコットは、「セスク・ファブレガスやファン・ペルシとやっていたのがベストチームだった」と述べた。


「最高のチームメイトはファン・ペルシだ。見てきた中で最高のフィニッシャーだよ。アンリより良かった。彼はとても簡単そうにやっていたんだ。彼にボールを渡せば、決めてくれる。一緒にプレーするのが夢という選手だった。彼のような選手は二度と出てこないだろう」


 しかし、ウォルコットとアーセナルはプレミアリーグを制覇できなかった。元イングランド代表FWは、「FAカップで優勝し、チャンピオンズ・リーグには何度も出た」と回想した。


「時々、アーセナルにとってはそれで十分みたいな感じだった。選手としては勝ちたかった。でも、クラブは4位フィニッシュで喜んでいた。レスターが優勝したとき、僕らは彼らに2勝した唯一のチームだった。あの年に何かすべきだったんだ。アーセナルはあの年に優勝すべきだった」


 そんなウォルコットは、2014年1月のFAカップ、宿敵トッテナムとのノースロンドンダービーで、膝の前十字じん帯断裂という重傷を負った。当然ながらつらい思い出だ。何しろブラジル・ワールドカップを直前に控えていたからだ。それゆえに検査結果を電話で知らせを聞いたときは、「頭が真っ白になり、涙を流した」という。


 だが、結果的にワールドカップも逃すことになった大ケガについて、「振り返ってみて、良かったと思う。息子が生まれたしね。物事が起きるのには理由がある。あれが僕の理由だったんだ」と続けた。


「今は子どもたちがいて、サッカーを違うように見ている。子どもたちのためにプレーしている。無理強いはしないけど、息子たちとすごく練習しているよ。特にフィンリーとね。良いキックをするんだ」


 いつか、息子が父に続いてプレミアリーグで活躍する日が訪れるかもしれない。その時を待ちたい。


構成●サッカーダイジェストWeb編集部

記事提供:サッカーダイジェストWEB

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