「奴らが僕の実力を見誤って…」本田圭佑がオファーを待ち続けていた国とは? 「33番」を選んだ理由も明かす!

「奴らが僕の実力を見誤って…」本田圭佑がオファーを待ち続けていた国とは? 「33番」を選んだ理由も明かす!

2019.11.8 ・ 海外サッカー

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 11月8日、2日前にオランダのフィテッセ加入が正式に決定した本田圭佑が、「AbemaPrime」というインターネット中継のニュース番組に出演した。


 番組冒頭でフィテッセの本拠地アーンヘムの最寄り駅から生中継で出演し、「最初はフィテッセで練習に参加するだけのつもりだったけど、CSKAモスクワ時代で一緒だったスルツキ監督がすぐに獲りたいと言ってきてくれて、考えが変わりました」と語った。


 今年6月にオーストラリアのメルボルン・ヴィクトリーを退団して以降、フリーとなっていた本田は、次の舞台がなかなか決まらずに注目されていた。名門マンチェスター・ユナイテッドや古巣ミランにツイッターで逆オファーしたことや、声が掛からないことに疑問を投げかけた投稿も話題となった。


 さらに、以前から公言していた東京五輪出場への熱い想いも語っていた本田が選んだのが、10年ぶりの“帰還”となるオランダの地だった。CSKAモスクワ時代に師事したロシア人監督レオニード・スルツキのラブコールに応える形で、ようやく所属先が決定した。


「行きたい国があって、そこからのオファーを待っていた。冬まで待とうかなと考えていたけど、オランダでプレー出来るなら悪くないなと。今後、冬の移籍も考えながらやっていきたい」


 オファーを待ち続けていた意中の国についてはこう語った。

「スペインでプレーしたくて。だけど、スペインの奴らが僕の実力を見誤って、なかなかオファーを出さなかった(笑)。自分が目指しているのはオリンピック出場と明確なので、そこで出て勝つために、自分にはどういうプレーが必要なのか、成長が必要なのかというのを逆算すると、スペインという答えが出た」


 国内復帰の待望論もあったが、その考えはなかったようだ。


「Jリーグでのプレーは選択肢になかった。海外でのプレーでも今はいつでも見れる時代。特別日本でやろうという考えはなかった。オーストラリアではテスト的にポジションを変えてどこまでできるかというのを試していた。そこでの手応えがあったので、ヨーロッパでそれを試してみたい」


 手応えがあったというのは、ボランチでの欧州挑戦だ。


「CSKAモスクワの時は、今のスルツキ監督にボランチ転向を勧められていた。当時はボランチを拒否したけど、今回はそれを受け入れる。モスクワ時代にトップ下しかやらないと言っていたけど、その監督にボランチで使えという事になるとは、その時は思いもしなかった(笑)。システムは4-4-2なので、右サイドか真ん中のボランチで出る事になると言われている」


 本田は新天地では背番号33に決定した。「4番も空き番だったが、この年齢になってくるとベテランと言われる。その(自分の年齢である)33歳を表わす番号として選んだ」


 日本のカリスマの新たな挑戦から目が離せない。


構成●サッカーダイジェストWeb編集部

記事提供:サッカーダイジェストWEB

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