生活保護を受ける母子家庭で育った荒んだ少年期――チェルシー移籍を叶えたモロッコ代表MFのサクセスストーリー

生活保護を受ける母子家庭で育った荒んだ少年期――チェルシー移籍を叶えたモロッコ代表MFのサクセスストーリー

2020.2.14 ・ 海外サッカー

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 現地時間2月13日、チェルシーは、アヤックスからモロッコ代表MFのハキム・ジイェフが来シーズンから加入すると発表した。契約は2022年6月までで、英公共放送『BBC』によれば、移籍金は3600万ポンド(約50億4000万円)になるという。


 現在26歳のジイェフは、12年にヘーレンフェーンでプロデビューを飾ると、14年8月にトゥベンテに移籍。そこで目覚ましいパフォーマンスを披露し、2年後にはエールディビジ屈指の名門アヤックスにステップアップした。


 移籍当初は好不調の波が激しかったジイェフだったが、次第に安定感も増し、パフォーマンスが向上。絶対的な主力として君臨した昨シーズンは、チャンピオンズ・リーグベスト4に進出したアヤックスの躍進を支えた。


 そんなモロッコ代表MFだが、決して順風満帆な人生を歩んできたわけではなかった。少年時代には、プロへの道を諦めかけていたのだ。


 8人兄弟の末っ子として、オランダの田舎町ドロンテンに生まれたジイェフは、兄の影響で、物心がついた頃からストリートサッカーに明け暮れ、そのかいもあって、8歳で地元クラブのASVドロンテンの入団テストに合格。プロを夢見るサッカー少年の人生は前途洋々だった。


 しかし、10歳となった2003年、彼の人生が暗転する。長く闘病生活を送っていたオランダ人の父親が他界したのである。


 子どもを養うため、モロッコ人の母は生活保護を受けながら、休みなく働き詰めたが、ジイェフは荒れ、いつしか学校もサボるようになっていった。

 家庭内の影響は、ピッチ上にも表われてしまう。14歳のとき、家族の生活を支えるため、プロ選手になると決意したジイェフだったが、加入したヘーレンフェーンのアカデミーでは、キレやすい性格が仇となり、頻繁にチームメートや監督らと衝突。チーム内で厄介者として、退団の危機にあったという。


 疑いようのない優れた実力を持ちながら、プロへの道が閉ざされかけていたジイェフを救ったのは、母親の祖国が生んだ英雄だった。当時ドロンテンのユースチームを指導していたエールディビジで最初にプレーしたモロッコ人であるアジズ・ドゥフィカーと出会い、プロとして生きる術を叩き込まれたのだ。


 ドゥフィカーからの助言を受け、より一層、プロへの意識を高めたジイェフは、16歳で通っていた高校を中退。本格的にサッカーに打ち込むようになり、19歳でついに念願のプロデビューを果たしたのだった。


『BBC』の取材に応じたオランダ人記者のマルセル・ヴァン・デル・クラン氏は、ジイェフを次のように評している。


「彼はその人生で多くのことを経験し、そして何度も打ち勝ってきた。だから、プレミアリーグの壁も簡単に乗り越えるだろう。ジイェフは若手にもしっかりとアドバイスを送れる人間だ。今や彼はエールディビジ最高の選手というだけでなく、今のサッカー界には珍しい大きな心を持った人間でもある」


 幼少期の苦難を乗り越え、まさに大逆転で、欧州でも指折りのメガクラブへの移籍を叶えたジイェフ。そんな韋駄天のパフォーマンスからは目が離せない。


構成●サッカーダイジェストWeb編集部

記事提供:サッカーダイジェストWEB

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