8年ぶりのカザンで長谷部誠が醸し出す熟成度高めのキャプテンシー

COLUMNミムラユウスケ ロシアW杯スペシャルコラム

8年ぶりのカザンで長谷部誠が醸し出す熟成度高めのキャプテンシー

By ミムラユウスケ ・ 2018.6.15

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長谷部誠が最後にロシアで試合を行なったのは、2010年3月11日。つまり南アW杯の直前合宿で日本代表のキャプテンに指名される、ほんの少し前のことだ。あれからおよそ8年ほどが経過した2018年6月13日。長谷部は再びロシアに降り立った。


8年前に長谷部が後にしたのも、今大会に向けて最初に足を踏み入れたのも、同じ都市だ。ロシア連邦タタルスタン共和国首都、カザンである。


当時はヴォルフスブルクに所属していた長谷部は、ルビン・カザンとのヨーロッパリーグのアウェーゲームに先発出場を果たした。そして、2日後となる3月13日にはドイツでボルシアMGとのアウェーゲームで再び先発することになった。中1日での連戦。ルビン・カザン戦では後の勝ち抜けにつながる貴重な勝ち点1を、ボルシアMG戦ではアウェーながら0-4というスコアでの勝利をつかんだ。


現在のドイツでは最低でも試合と試合の間には2日間はあけないといけない。そのため、中1日で公式戦を戦うという過酷なシチュエーションは、もはや存在しない。カザン遠征は長谷部の豊富なプロキャリアの中でも、強烈な印象と共に記憶されているはずだ。


8年という歳月は、あまりに長い。

当時ルビン・カザンが当時使用していたのはセントラル・スタジアムだ。ピッチに立つと、バックスタンドの奥に世界遺産であるカザン・クレムリンがのぞめる。そんな趣のある競技場だが、冬になると芝生が苔(こけ)のようになるというチープなスタジアムでもあった。それが今では、ロシアW杯にむけて新設された45000人収容の立派でモダンなカザン・アリーナが本拠地となった。


それだけではない。TVの放映権や移籍金の高額化。トレンドとなる戦術に、時代の寵児となるスター選手。サッカー界は全てがめまぐるしく変わっていく。特にこの8年は、世間でいうところの四半世紀くらいの変化をもたらしたのではないか。プロサッカー選手の寿命は長くても15年程度。大学を卒業してからじっくり40年キャリアを積める一般社会人とは、わけが違う。変革を全て受け入れ、消化していくことも簡単ではない。


だからだろうか。今回のロシアW杯を前に、所属するアイントラハト・フランクフルトでの戦いを終えて、日本へ戻ってきた際に長谷部はこう語っていた。


「W杯のブラジル大会が終わったあとに、自分がロシアのピッチに立っているというイメージは、正直、わいていなかったんです」


 同時に、こうも話した。


「ピッチの上で何を出せるかという部分に、もっと、もっと、フォーカスしたいなというのがあって。練習から厳しさとか激しさをどんどん求める。監督に言われるからとかではなくて、自分たちからやっていかないといけない。W杯というのは、1センチ、あるいは1ミリの戦いの差がわけるときがあるので。そういうものを選手が互いに求めてあっていければ良い状態になると思っています」


 そんな言葉通り、ロシアW杯にむけた合宿が始まると長谷部は次々と行動をとってきた。


西野朗監督が就任してからW杯の初戦までは時間がないからこそ、1分たりとも無駄にできない。グラウンドの上ではもちろん、宿舎でのミーティングもチームとしての戦い方をすり合わせるためには大切な時間となる。だからこそ、長谷部は選手の意見を吸い上げ、監督やスタッフに伝えていった。すべては、ミーティングを効率的なものにするためにだ。


例えば、選手の立場からの意見として、ミーティングで提示する映像をコンパクトにして、チーム全体で議論をしやすい環境を作るように監督やスタッフに伝えたという。


「限られた時間のなかで、戦術とかいろいろな部分をつめないといけない部分はあります。ただ、コーチや分析担当にもミーティングでの映像が長くならないようにとお願いしたりもしています。練習でも密度を濃く、色々なことを詰め込んでやっているからこそ、選手の負担を減らしたい。どれだけ中身の濃いものを出来るかというのをやっています」


その効果は、はっきりと表れ始めている。例えば、4-2でパラグアイを下した6月12日の試合について、岡崎慎司はこう振り返っている。


「試合前にみんなが言いたいことを言い合う場面もあったし、ひとつのプレスのシチュエーションについての話し合いにもなりました。どういうシチュエーションで自分たちは(高い位置からプレスをかけに)行くのか、あるいは(守備的なポジションの選手たちが)ストップをかけるのかとか。そして、(プレスに)行かないときにどういう準備するのかをみんなで話し合えた部分はありましたから」


 6月8日のスイス戦では、前線の選手と守備的なポジションの選手との間に、あるいは先発した選手と途中から出場した選手たちとの間に、相手にプレッシャーをかけるシチュエーションやタイミングについて、あきらかなズレがあった。


しかし、わずか4日後の試合で、そうしたズレが解消され始めてきたのは事実だ。6月2日から始まったオーストリアキャンプ中では、基本的に午前11時から1時間にわたってミーティングが行われていた。ただ、同じことを繰り返したわけではない。その1時間は、日を追うごとに有意義なものになっていた。


 パラグアイ戦で1ゴール、2アシストを記録した香川真司も、こう話している。


「試合に出る選手、出ない選手、途中から入る選手、みんなで話し合いました。途中から入った選手がどうするのかも大事になってくるので。そういう選手への声のかけ方についても話したりしましたから」


 さらに、ミーティング改革に端を発して、それ以外の時間でも有意義な話し合いが生まれるようになったことも香川は証言している。


「普段の食事の会場からもそうですけど、常々、話しているので。ポジションが近い選手同士の間でもね。やっぱり、そういう会話は必要ですよ。(食事の際に近くに座った者同士の)一対一の間でも共通意識を持つことで、試合のなかで得るものがたくさんあるなというのは今回のゲーム(*パラグアイ戦)ですごく感じたので」


 自分に出来ることを、過不足なく、全力で行なう。そんな長谷部の背中を突き動かすのは、どんな想いなのだろうか。


「選手たちと、監督、コーチングスタッフともコミュニケーションをとる。僕は『何回も言っている通り』、これをやっておけば良かった、というようなことがないようにしたい。本当に、やれることをやっていきたいなと思います」


サッカー選手として活動できる時間は決して長くはない。そして、W杯にかける想いがあり、日本を代表するチームだという誇りもある。


だからこそ、あとで後悔するような余白を作ってはいけない。そんな想いが、キャプテンの行動の裏には隠されているのだ。


思い出されるのは、8年3ヵ月前、あの過酷な遠征に帯同して取材した時のこと。


当時の長谷部が所属してヴォルフスブルクのホームスタジアムの収容人数は3万人。フォルクスワーゲンの城下町にある、ドイツとしては小さなクラブだ。だからこそ、ルビン・カザンとの試合にむけて、メディア関係者とサポーターが一つのチャーター機を利用して、カザンに向かうことになった。もっとも、総勢50人にも満たないドイツからの一団だった。


試合前日の夜、カザンにある最高級のレストランで、記者たちによる食事会が行なわれた。当時のFCバルセロナのジョアン・ラポルタ会長が食事に来た際に撮られた写真が、入口を入ってすぐのところに誇らしげに飾られていた名店だ。筆者も、ドイツ人記者の中に混じるたった1人の日本人記者としてそこに参加したのだが、ドイツのCS放送局の「SKY」のコメンテーターが、こんなことを聞いてきた。


「ハセベは、“日本の中では”ナカムラ(*中村俊輔)に次ぐスターなんだろう?」


 彼の発言の裏には、ドイツにおける長谷部は良い選手ではあるものの、大きな注目を集める選手ではないという認識が透けてみえた。


でも、今は違う。ドイツでも注目されるような存在へと成長している。


2018年6月14日、カザンについてから初めての練習を終え、日本メディアの取材に応じたあと、長谷部はドイツからやってきた記者たちからも取材を受けることになった。


日本はグループHを勝ち抜いて、決勝トーナメントに進出できるのでしょうか?


 そんなドイツ人記者たちからの質問に対して、長谷部はリップサービスをまじえてこんな風に話し始めた。


「もちろん対戦する3チームはみんな、とても強いチームです。でも、ドイツほど強いでわけではないですから(笑)」


 ドイツ人記者たちの表情が崩れたのを見た長谷部は、間髪入れずに、こう続けた。


「僕たちには、やれますよ! 決勝トーナメントに進むことを望んでいますからね」


 8年3ヵ月前とは比べものにならないほど、成熟した長谷部がそこにいた。(文・ミムラユウスケ)

写真提供:getty images

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ミムラユウスケ

ミムラユウスケ

2009年1月にドイツへ移住し、サッカーブンデスリーガを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグの開幕した2016年9月より、拠点を再び日本に移す。現在は2か月に1回以上のペースでヨーロッパに出張しつつも、『Number』などに記事を執筆。W杯は2010年の南アフリカ大会から現地取材中。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、近著に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」、「海賊をプロデュース」がある。

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