16歳の時点で完成された選手が良い選手? トレセン制度と国体のU-16化における危惧

COLUMN川端暁彦のプレスバック第39回

16歳の時点で完成された選手が良い選手? トレセン制度と国体のU-16化における危惧

By 川端 暁彦 ・ 2017.4.26

シェアする

『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか アスリートの科学』(デイヴィッド・エブスタイン/早川書房)という本がある。スポーツにおける環境的要因と遺伝的要因についてのさまざまな研究を追跡してまとめたもので、われわれが一般に環境要因(後天的努力によって獲得したもの)と思っていたものがそうではなかったり、またその逆があったりして非常に面白い。冒頭で取り上げられるのは、メジャーリーグの精鋭たちがエキシビジョンで対戦した女子ソフトボール選手の速球に、手も足も出ないで三振の山を築いてしまった出来事だ。


その理由は彼らが常人離れした“反射神経”でボールを打っているわけではないからである。実は彼らの反射スピードは、常人のそれとほとんど差がないことが実験から明らかになる。正確にバットでボールを捉えることができるのは、経験に基づく予測があって初めて成り立つもの。後天的に獲得したスキルによるものであり、“経験”が絶対的に不足しているソフトボールの軌道には対応できなかったというわけだ。


「なるほど。野球選手が優れているのは、持って生まれた反射神経ではなく、後天的に身に付けたスキルなのだな」と納得してしまうのだが、これが一つのミスリード。本が進むにつれて、この「後天的に身に付ける力」自体に遺伝的要因が大きく作用していることが明らかになっていく。


練習量と練習効率を左右する“トレーニング欲”のようなものさえ、実は先天的によって決定されている要素が大きいことが分かってしまうのだから、ある種の絶望感すら味わえる。ただ、サッカー選手でよくいる“後から伸びてくる選手”のメカニズムが想像できた点も面白かった。まあ、詳しくは実際に本を読んでみてほしい。


日本サッカー黎明期を支えたトレセン制度


そもそもこの本のことを思い出したのは、トレセン(トレーニングセンター制度)について考えていたからだった。トレセンはJリーグ以前、日本サッカーの黎明期において編み出された選手発掘・育成のための枠組みで、市町村などの小さな単位から全国9地域、国単位での大きな単位までがピラミッド構造を形成している。


基本的には一番下のトレセンから段階選抜を経て、ナショナルトレセンへと選手が吸い上げられていく仕組みで、一番上のトレセンに来るのは一番才能のある選手たちである…べきだろう。実際そうなっているかは別にして。


お金も人手も周囲の理解もなかった日本サッカーの黎明期に、このトレセン制度を定着させたのは、都道府県単位で争われる国体の力が大きい。「国体強化」という名目を得ることで予算を獲得。人繰りをし、施設を借りて、選手を集められるようになった。「国体で勝つ」という単純な目的のためにも、優秀な選手を発掘しなくてはいけないし、鍛えなければいけない。そのことによって、トレセンが実効性を得た部分が少なからずある。これは多くの関係者が認めるところだ。


国体のU-16化におけるマイナス面


ただ、現代に至ると弊害も見え隠れしている。これについては国体の少年男子がU-18からU-16に変わったこともマイナスに作用している面がある。国体を軸に都道府県トレセンの選手を選べば、自ずと「U-16の時点で使える選手」に偏るのも道理。落とした選手について監督に尋ねたら、「将来は面白いと思うけれど、国体では厳しいからね」なんてフレーズが返ってきたこともある。ちなみに、その選手は現在J1で活躍している。


段階選抜のトレセン制度において中心となる都道府県のトレセンが、将来性よりも「U-16の国体で使える選手」を軸に置いているとなると、何が起きるのか。これはもう、説明するまでもないだろう。選手の成長曲線のバラ付きを思えば、「U-18で使える選手」を選んでいた時代よりも偏るのは必然だ。


また、国体の予選は高1の夏にあり、予備予選を兼ねるトレセンリーグは4月から始まっている。“勝てるチーム作り”を考えて選手を選ぶなら、中学年代から継続して選んでチームを作っていくほうが得策なのは明らかだ。


先日、自分が観たトレセンリーグの試合でも、中学年代から選手を“継続”しているチームの強さが印象的だった。ただこれは、高校年代で新しく出てくる“後から伸びてくる選手”をピックアップし損なうのではないかという危惧とワンセットである。


U-16国体で勝つための選手選考


都道府県の代表として戦う、国体の意義自体を否定する気はない。選手たちにとっては選抜の過程も含めて、良い経験の場だ。普段は異なるチームでプレーしている選手同士が、互いのサッカー観をすり合わせながらチームになっていく経験は、将来代表チームでプレーしたときのことを考えても貴重な財産になるし、人生経験としてもいいだろう。


ただ、選手選考において「U-16の国体で勝つ」ことが先行し過ぎる弊害をどう捉えるべきだろう。トレセンのターゲットが、タレントを発掘・育成してA代表へ送り出すことではなく、強い国体チームを作ることになってしまっていないか。


国体のU-16化から10年が経過した。トレセンと国体の枠組みについて、より適切な形や方向性がないのかどうか。トレセンが先天的な才能を持つタレントを発掘する場ではなく、後天的なトレーニングで得た力を問う場になっている傾向があるのもどうだろう。


日本サッカーの黎明期から、先人たちが積み上げてきた努力に敬意を払うのは当然として、その上でここからどうするのかについてはフラットに議論していく時期が来ているように思う。(文・川端暁彦)


写真提供:getty images

シェアする
川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

このコラムの他の記事