“団体行動”が得意で“組織力”に乏しい日本。セネガル、ポーランド戦に向けて必要なのは、状況変化に対応する術

COLUMN川端暁彦のプレスバック第54回

“団体行動”が得意で“組織力”に乏しい日本。セネガル、ポーランド戦に向けて必要なのは、状況変化に対応する術

By 川端 暁彦 ・ 2018.6.23

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「組織」か「個人」か。それが問題――なのか???


しばしば二者択一、あるいは二律背反の命題として掲げられる「組織」と「個人」。日本人は前者に秀でているという認識がある一方で、近年はそこに疑問を投げかける声も多い。「日本人は組織的な動きが得意」なのだろうか。


筆者は日本人が得意としている(傾向がある)のは組織力ではなく、「団体行動」なのだと思っている。全員が同様のタスクを課されるのは得意だと言えるだろう。そういう訓練を受けてきてもいる。手を繋いで信号を渡ったり、掃除当番を分担したり、組み体操をしてみたり、遠足にバナナを持っていけるかどうかの認識を統一したり……。


サッカーチームのマネジメントにおいても、日本人はこの点で総じて“面倒のない”選手が多いのは確かだろう。団体行動からはみ出して迷惑をかけるような選手は、特に最近少なくなったというのもある。


「年代別日本代表の海外遠征や合宿は、昔は本当に大変だったんだよ。悪いことする選手が多くてさ」なんて話もよく聞くのだが、善くも悪くも“不良文化”が日本の中から駆逐されていく中で、いまの年代別日本代表でこうした問題行動を起こす選手たちは僅少だ(ゼロではないが)。ましてやA代表ではなおさらである。


日本人は元々高めに持っている団体行動能力が、時代の変化に伴ってさらに高くなっている。他国の話を聞くと、U-15の国際ユース大会で試合前に屋外で“う◯◯”をしている選手を目撃したなんて話もあるのだが、それをやる日本人はさすがにまずいないだろう。いつかのフランス代表みたいなモラルハザードも、まずあり得ない。


いざ代表のユニフォームを着てピッチに立てば、周りと力を合わせて全力でファイトする。それをナチュラルに体現できる力があるのは間違いない。ロシアW杯初戦のコロンビア戦を観ながら、あらためてそんなことも思った。直前の監督交代からの一連の流れでチームが崩壊することなく、しっかり団結して大会に臨めたのは、団体行動に強い“日本人らしさ”がポジティブに作用した結果だったとも思う。


日本人が得意なのは団体行動


ただ、こうした傾向は“組織力”ではない、とも思う。日本人が得意なのは、あくまで周りと同じ行動を実践する“団体行動”だ。はみ出すものを叩く傾向とワンセットではあるのだが、規律を守る“空気”のある集団において、日本人は規律を守ることができる。これは実際のところ、逆もまた然りで、規律を守らない“空気”が広がってしまったチームはかなり難しいことにもなる。だからこそ、日本人の同質的集団を率いる指導者には、まず適切な“空気作り”が求められるし、それができる者が“名将”にもなる。


一方、“組織力”とは何か。これは組織としての特定の目的を果たすため、個別的に与えられたタスクをそれぞれが果たすことによって、全体の効率・能力を向上させ、結果を得るための仕組みである。


そして何より大きなポイントは、団体行動というのは「自分たち」だけの問題である。自分たちの中で計画し、改善できるものだ。日本で盛んに行われてきた組み体操は典型的な団体行動で、明確に設定されているゴールに向かって自分たちの諸々を改善していくことで達成できる。しかし、サッカーは団体行動では勝てない。


何故かと言えば、「相手」があるからだし、めまぐるしく「状況」も変わるからだ。組み体操は各自が単一的なタスクをこなすだけでいい。掃除当番も然りである。


状況に合わせて対応するのは苦手


しかし、「相手」がある中での組織的な行動は違う。「状況」も変わる。スコア、時間(そして退場者!)なんて要素も加味しながら、個人としての行動を変えながら全体としての行動を整えて“組織力”を向上させ、「結果」を得る必要がある。さらに、この「結果」も厄介なもので、場合によっては「勝利」でなくなることもあり得る。「引き分け」かもしれないし、「1点差負け」なんて目標が出てくる可能性だってゼロじゃない。こういうのは、正直言って総じて苦手である。


コロンビア戦で先制点を奪って相手が一人退場してという流れの中で、日本サイドが奇妙にバタバタしてしまったのは、こうした特性と無縁ではなかろう。初戦ということもあって、日本側はチームとしての方向性を統一して試合に臨んでいたと思うが(この点でコロンビアを上回っていたとも思うが)、想定していなかった展開の中で個々の判断がブレて、チームの方向性がどうにもバラバラになってしまった。「相手が一人少ないんだからしっかりつなげばいいじゃない」と思っている選手もいれば、「当初のプランどおりの攻めを継続しよう」という選手もいた。


個人的には10人に減ったコロンビアが最後まで持つとは思えず、「ハーフタイムまでいってくれれば何とかなる」と思っていたし、恐らくピッチ上にもそうした判断を下してプレーしていた選手もいたはずである。ただ、どうにも全体の意思統一を欠いた。


状況の変化に対する策を用意すべき


“空気”でまとまれるのは日本型組織のストロングポイントでもあるのだが、結果として個々のタスクは曖昧になりがちで、状況が変化したときの対応力にも欠けてしまう弱みもある。ハーフタイムで劇的な改善を果たせたことからも分かるように、“空気”を整えられれば十分に戦えるのだから、セネガル戦、ポーランド戦では状況の変化に対する術策をしっかり用意しておくべきだろう。


何しろ時間がないので、難しい面もあると思うが、極端なことを言えば、「主将の長谷部が決めて、声とプレーでメッセージを出せ」と決めてしまうのも一案だろう。動き出すのは苦手でも、決まったことに従うのは得意なのが日本型組織の特性である。


いずれにしても、コロンビア戦のように状況の変化に対して組織的な行動が取れないようだと、W杯レベルでは致命傷になる。あの試合で何とかなったからといって、次も何とかなるほど甘い舞台ではあるまい。(文・川端暁彦)


写真提供:getty images

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川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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