Jクラブのブランド力と育成年代のタレント数は比例する? クラブに求められる育成ビジョン

COLUMN【川端暁彦のプレスバック第46回】

Jクラブのブランド力と育成年代のタレント数は比例する? クラブに求められる育成ビジョン

By 川端 暁彦 ・ 2017.8.28

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8月の下旬、北海道帯広市に滞在していた。避暑に行っていたわけではなく、同地で開催されている第32回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会を取材するためだ。平たく言えば、中学年代のクラブチームNo.1を決める全国大会である。その決勝戦で、関東の名門・柏レイソルU-15を下して初優勝を飾ったのが、サガン鳥栖U-15だった。


鳥栖について、育成年代の強豪というイメージはあまりないかもしれない。実際、これが全年代を通じて初めての「日本一」であり、このクラブユース選手権U-15について言えば、8強の時点で「初」だった。ただ、クラブとしての地力が上がってきていることは衆目の一致するところでもあり、OBのFW田川亨介がクラブ史上初めてU-20W杯の日本代表に名を連ねるなど、成果は徐々に出てきていた。


昨年からチームを率いる田中智宗監督は「もともと能力の高い子たちだった」と今回の学年を評価する。背景にあるのは、クラブのブランド力向上だ。2012年からJ1に昇格した鳥栖は、そのまま降格することなく定着。佐賀県内の有力選手が集まるようになっただけでなく、福岡方面からも選手を獲得できるようになってきた。



タレントが集まるクラブに


博多方面から鳥栖を貫く鹿児島本線は、かつてタレントが流出していくラインだったのだが、いまは逆にこの路線に沿うように選手が集まるようになってきた。田中監督も「アビスパ福岡を選んでいたような地域の選手が、ウチに来てくれるようになったのはある」と、そうした変化を認める。


今大会は個の力で対戦相手を凌駕しながらの勝ち残りという印象も残したが、そもそも鳥栖の選手が全国大会において「個」で上回るということが、長くクラブを観ている人にとって隔世の感もあったようだ。


もう一つ重要だったのは、集まってきた能力の高い選手たちに指揮官が「鳥栖のクラブカラー」を強調してきたことだろう。個々のハードワークをベースにした一丸で戦うスタイルであり、要するに「鳥栖らしくあれ」ということを口酸っぱく選手に伝えてきた。


選手たちの口から自然と「鳥栖なので」「鳥栖だから」という言葉が出てくるあたりは微笑ましくもなったのだが、鳥栖のトップチームがクラブとしての哲学を貫く中で、一定の成功を収めていることが下の年代にも波及している形だ。厳しい試合展開になった場合に「鳥栖らしく戦う」という統一されたイメージ、原点を明確に持っていたことは鳥栖の勝因の一つでもあったように思う。冬の時期には厳しい走りの練習も課してきたというが、それも「鳥栖らしく」というクラブカラーに沿ったものだった。


トップチームの影響を受けるアカデミー


善くも悪くも、Jクラブの勢力図はトップチームのブランド力の影響下にある。トップチームが浮かび上がることでアカデミーに人材が集まるようになり、逆もまた然り。特に交通網が発達して幅広い選択肢を持てる地域において、この傾向は顕著だ。


かつてあるJユースの監督が「結局、ウチはトップのブランドに頼っていただけだった」と自嘲気味に振り返ってくれたことがあるのだが、こうした「おごれる者は久しからず」のパターンも少なくない。つまりトップチームの成績が下降すると同時に、アカデミーチームの戦力もガタ落ちになってしまうというわけだ。


トップチームの成績は水物である。そしてJリーグは特にその傾向が強い。理想論として言えば、クラブの育成部門はトップチームの浮き沈みに左右されない基盤として機能するべきなのだろうが、現実としては真逆の環境だ。だからこそクラブとしての哲学・ポリシーをしっかり打ち出し、「こういう選手を育てたい」「こういうチームにしたい」「こういう指導者を据えたい」という方針を堅持しておくことは重要だろう。


そうでないと、トップチームの成績によって「冬の時期」が来たときに、戻るべき原点のないクラブは脆さを露呈してしまうことになる。これはまた逆もまた然りではないだろうか。(文・川端暁彦)


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川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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