あの時、思い描いた道ではなくても。柴崎岳は進み続ける

COLUMN河治良幸の真・代表論 第102回

あの時、思い描いた道ではなくても。柴崎岳は進み続ける

By 河治良幸 ・ 2021.12.31

シェアする

冷静と情熱を常に併せ持っているような選手だ。


独占インタビュームービー第一弾はコチラ
独占インタビュームービー第二弾はコチラ

青森山田高校で1年生から背番号10を背負った柴崎岳は、世代屈指のタレントとして注目を集めた。”プラチナ世代”と呼ばれた92年生まれにおいて、宇佐美貴史と双璧を成すと言っても過言ではない。


だが、世代のトップランナーと見られるキャリアだからこその“躓き”もあったのではないか。


例えば2009年に行われたU-17W杯で早期敗退に終わったこと。青森山田で高校選手権の優勝を逃したこと。高校生にしてプロ契約した鹿島アントラーズで、常に勝利、優勝を期待されながら、逃してきたタイトルの数々・・・。


目前でメンバー入りを逃したロンドン五輪。”ザックジャパン”において、何度かA代表に選ばれたが、代表デビューを飾ったのはブラジルW杯後のキリンチャレンジカップだった。


プロサッカー選手は、どこかで躓きを経験する職業なのだが、これだけ大きな舞台でそれらを経験している選手は多くはない。


ただ柴崎の場合は、躓きも糧として歩み続けたからこそ、今があるようにも見える。


その理由は、彼の目線にあるのではないだろうか。1つ1つ、目の前のことを大事にしながらも、目線は先にある。


サッカー選手なら、誰もが夢見るであろう世界の頂。夢は見ても、誰しもが現実的な目標にできる場所ではない。それを目指せる選手の一人であったことは確かだ。


注目を集めた言葉


もともと、多くの言葉で注目を集める選手ではなく、言葉よりもプレーで語る選手だ。


「自分はゲームメーカー」と表現していた柴崎は、試合に入って見えるものから空間と時間を読み取り、プレーに落とし込んで行くタイプに映る。


事前の情報でどれだけイメージしていても、試合は生き物のように変化していく。それをピッチの中で体験しているからこそ、試合の位置付けや意味は語っても、試合自体を饒舌に語ることはほとんど無い。


そんな柴崎の言葉で注目を集めたのは、プロ入り2年目にしてJリーグベストヤングプレーヤー賞を獲得した、2012年のJリーグアウォーズだった。


柴崎は投票してくれた選手たちに感謝を表しながら「この賞に値する選手は、今年はゼロ人でした」と語ったのだ。


「世界を見れば、同世代にはミランのMFエル・シャーラウィ、レアルのDFヴァラン、サントスのFWネイマール。彼らのような活躍ができた選手がいるかといえば、そうではありません。彼らに一歩でも近づき、日本を代表する選手になっていかなければ世界と戦えない」


柴崎の歩み


柴崎にとって、2012年はロンドン五輪のメンバー入りを逃した年でもあり、代表に初選出されながら出場チャンスを与えられなかった年でもあった。


彼は当時から自分の成長を「歩み」という言葉で例えていたと記憶している。おそらく、歩む道は平坦なものではなく、常に登り坂があり、時には障害物もあるのだろう。


それでも常に前進していたように見えた柴崎が、大きな躓きを経験したのは、2014年10月にシンガポールで行われたブラジル戦だった。


ハビエル・アギーレ監督のもと、スタメンとしてピッチに立った柴崎は、ネイマールをはじめ、ベストメンバーをぶつけてきたブラジルに0-4の完敗を喫した。


それまでも筆者はロンドン五輪の候補合宿やA代表の国内キャンプなどで話を聞いていたが、Jリーグも含めて、試合後のミックスゾーンでこれだけ語る柴崎を見たのは初めてだった。


同じピッチに立っていた、同世代のネイマールについて聞くと「並大抵の速度では、そうした選手たちに追い付くことはできない」と語った。歩みの速度をさらに上げて行く。その目線を基準にした速度は、柴崎自身が設定していくしかない。


リーグ優勝とクラブW杯


「こうもうまく行かないものかな」


先日のインタビューで、これまでの歩みについて改めて聞くと、柴崎は少し笑顔を浮かべながら答えた。


振り返ると、2016年に鹿島で念願のJリーグ優勝を果たし、同年のクラブ・ワールドカップでは、かつて名前を挙げたヴァラン擁するレアル・マドリーから2つのゴールを奪った。


そこからスペインに渡り、テネリフェ、ヘタフェ 、ラ・コルーニャ、レガネスでプレーする中で、彼にしかできない歩みをしているのは確かだろう。


だが、それが目指していた頂かと言えば、そうではないはずだ。そんな中でも、話を聞きながら、柴崎のもう1つの成長を感じ取れた気がした。それは、厳しい道を進みながらも楽しむということだ。


はるか頂を目指しながら、思うように行き着けなかった柴崎に、悲壮感は見られない。それは、カタールW杯アジア最終予選・サウジアラビア戦でのミスが取り沙汰され、その後、スタメンを外れた日本代表でもそうだ。


アジアを突破し、世界へ


とはいえ、現状に甘んじているわけではないだろう。1つでも高みに行くために、自分に何ができるのか。そして自分では成し得ないかもしれないものを、次世代にどう引き継いでいくのか。


2018年のロシアW杯において、柴崎は主力としてベスト16を経験し、”ロストフの14秒”に象徴される逆転劇でベルギーに敗れ、ベスト8を逃した。


今後、日本サッカーがどう進んで行こうと、語り継がれる歴史の証人となったわけだが、まだまだ先のページを描ける場所にいる。


来年の今頃、柴崎がどのような立ち位置でカタールW杯を迎え、どのような結果を刻むのかはわからない。確かに言えるのは、これからの歩みの結果がどうであれ、悲観することなく、進んでいくだろうということだ。


ただし、アジアを突破して世界に行くことは、日本サッカーのためにも、必ず果たさなければならない。


インタビューで「勝ちますよ。勝ち取ります。W杯のチケットを」と力強く語った柴崎。その先が世界に続いていることを信じて、ここからの戦いを見守っていきたい。(文・河治良幸)


写真提供:getty images

シェアする
河治良幸

河治良幸

サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを担当。著書に『サッカー番狂わせ完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)、『解説者のコトバを聴けば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)。

このコラムの他の記事