西野朗監督は、就任後〈ひとつ目の勝負〉に勝った。
ロシアW杯前最後のテストマッチとなる6月12日のパラグアイ戦で、日本は4対2の勝利を収めた。
この試合に負けていたら、日本はおよそ8カ月も勝利から遠ざかったままW杯の開幕を迎えていた。他でもない西野監督にとっては、就任3試合目での初勝利である。
負の流れをギリギリで断ち切った以外にも、この勝利には意味がる。バックアップメンバーを起用したことだ。
「スタメン総入れ替え」は西野監督から選手へのメッセージ
8日のスイス戦からメンバーを入れ替えるのは予定どおりである。とはいえ、ガーナ戦に続いてスイス戦も0対2で敗れていただけに、メンバーの入れ替えに懐疑的な声が上がっていた。「スタメンを固めてチーム作りを急げ」といった論調が、西野監督を包囲していった。
選手の立場になってみる。スイス戦の結果を受けて西野監督が前言を撤回したら、バックアップメンバーのモチベーションにひびが入りかねない。
選手たちは日々のトレーニングのなかで、自分の序列を感じている。W杯でスタメンに選ばれないことを、すでに覚悟している選手もいるはずだ。
ただ、ピッチに立てる可能性の大小に関わらず、全員が試合に向けた準備を真剣に進めていくことで、チームの可能性は高まっていく。パラグアイ戦でバックアッパーを起用することは、「全員を戦力として考えている」との西野監督のメッセージだったのだ。
長谷部誠も、吉田麻也も、長友佑都も、大迫勇也もスタメンにいないメンバーでパラグアイに敗れていたら、指揮官への風当たりはさらに強くなっていたはずである。それでも彼はバックアップメンバーを使い、実戦から遠ざかっていた選手たちの試合勘やゲーム体力を刺激し、そのうえで勝利をつかんだ。
パラグアイ戦勝利はチームに危機感と一体感を醸成する
パラグアイ撃破を受けて、チーム内の空気は確実に変わる。
楽観ムードに包まれるわけではない。むしろ逆だ。「誰がスタメンで出るのか分からない」との危機感が、これまで以上に強まる。
危機感に駆られた選手は、自分の良さを出そうと必死になる。チームメイトに要求していく。要求された選手側にも思いはあるから、お互いの意見をすり合わせなければならない。監督主導ではなく選手の主体性に基づいたコミュニケーションが深まる。ケース・バイ・ケースの対応を探し当て、ピッチ内での解決力が高まる効果も見込めるのだ。
そうしたプロセスを経て決定された先発メンバーは、ピッチに立つことの責任を胸に深く刻む。ベンチで戦況を見つめる選手たちの思いも背負って、戦わなければならないとの使命感を抱く。一体感という目に見えない糸で、選手たちがつながれていく。
一体感は戦術にも影響を及ぼす。ディフェンスにおける個人の責任範囲がはっきりしているヨーロッパ各国などと比べて、日本はチャレンジ&カバーを原則として戦っていかなければならない。連動性や距離感はディフェンスにおいても重要なキーワードであり、一体感のあるチームは距離感の間違いが少ない。味方選手の状況を事前に考えて、一歩先の対応を心がけていくものだ。
避けられなかった「危険な賭け」
すべてを精神論で片づけるつもりはない。ただ、アジアや世界で成果をあげた過去の代表チームが、例外なく一体感を示したのは事実である。たとえば、02年の日韓W杯であり、04年のアジアカップであり、10年の南アフリカW杯である。手倉森誠コーチが指揮した16年のリオ五輪アジア最終予選も、全員が当事者意識を持って大会を戦い抜いた。
W杯前最後のテストマッチにバックアップメンバーを起用するのは、ある意味で危険な賭けだった。しかし、前監督指揮下から長く勝利を忘れ、直前の2試合にも敗れていたチームには、必要な賭けでもあった。〈ひとつ目の勝負〉に勝ったというのは、そういう意味である。
パラグアイを下したからといって、グループリーグ内の相対評価が変わったわけではない。それでも、自分たちの絶対評価をギリギリで上げることはできた。
そして、西野監督と彼が選んだ選手たちは、パラグアイ戦の翌日からもっとも重要な一週間を迎える。(文・戸塚啓)
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