【喜熨斗勝史の欧州戦記|第2回】セルビアで日本人コーチはどう評価されているのか?そして日本戦への「複雑」な想い

【喜熨斗勝史の欧州戦記|第2回】セルビアで日本人コーチはどう評価されているのか?そして日本戦への「複雑」な想い

2021.5.18 ・ 海外サッカー

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 セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。


 そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。第2回は、6月に行なわれる日本戦、ヨーロッパのアウェーマッチ、セルビアでの日本人コーチに対する評価について語ってくれた。

 

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  先日、両国協会から発表されましたが、セルビア代表と日本代表の親善試合が決まりました。対戦国のスタッフとして、日本代表と試合をする。そういう経験ができる日本人は少ないでしょうし、相手ベンチから見た日本代表がどう見えるのか、想像してしまいます。また名古屋時代に一緒だった吉田麻也(サンプドリア)ら何人か知っている選手もいるので楽しみな部分もあります。


 ただ、実際にピッチに入ってみないと分からないですが、今の正直な気持ちは「複雑」ですね。母国だからいろんな葛藤が湧き出てしまいます。


 日本サッカーが成長しているというのをセルビアの人々に知ってもらいたい想いはあります。でもセルビア代表が負けたら“何をやっているんだ”となる。だからプロとして自分の仕事、セルビア代表のためにできることを全うするだけです。


 我々のセルビア代表も良いチームなので、コーチとして選手には良い状態で試合をさせてあげて、結果的に両国にとって「WIN―WIN」になれるような大事な時間にしたい。我々がしっかりやることが、日本サッカーのためにもなると信じています。ちなみに国歌は両国とも歌うつもりですよ(笑)。


 さて、その日本代表戦の前にセルビア代表は3月にカタール・ワールドカップ欧州予選を3試合行ないました。第2戦のポルトガル戦までは第1回で記しているので、今回はミスター(ストイコビッチ監督)就任後初のアウェー戦となった第3戦、アゼルバイジャン戦から振り返りたいと思います。


 ポルトガル戦(3月28日)からアゼルバイジャン戦(3月31日)までは中2日。時差は2時間あり、28日にサマータイムが適用されてさらに1時間縮まったので、移動日だった翌日29日は1日21時間というタイトなスケジュールとなりました。チャーター機内では私の役割でもある自チーム分析。特に2―2で引き分けたポルトガル戦の失点シーンの修正は必要だったし、それをVTRに編集する作業をしました。 現地到着後はリカバリー重視。ミスターと相談したうえで練習グラウンドを使用せず、ホテル近郊の公園を散歩するだけに留めました。でも意外なことに、それがセルビアの方々には評判が良く、現地メディアには「ピクシーとキノシーが公園で練習した」と取り上げられました。


 そしてセルビア代表の面々は若手を含めて成熟しているとはいえ、ここで負けるとそれまでに得た勝点4が無駄になるので、引き締める部分は引き締めようとチクチクと言い続けましたね。時間がないなかでの準備でしたが、そのなかで改めて分かったのは選手の質の高さ。「マスト」の部分さえ抑えてしまえば、そこから派生したことは個々で修正できる。結果的にアゼルバイジャン戦は2―1の勝利を収めることができました。


 ミスター就任直後の公式戦3連戦で、2勝1分の勝点7。満点に近いスタートで、ミスター就任が正しかったと示すことができたのは最も大きかったと思います。私自身で言えば、セルビア人を差し置いてコーチに就任している責任は大きかったので安心しました。

  あとはやはり……新型コロナですね。現在はワクチン接種で収まりつつありますが、当時はコロナ感染者や死者が日々、増えていく傾向にありました。国中がロックダウンして暗かった。ミスターも「自分たちの頑張りで苦しみを和らげたい」と口にしましたが、明るい話題を提供できて良かったです。


 その後はベオグラードの街中を歩いていても、ポジティブな声を掛けられましたし、一時帰国のために向かった空港では関税検査の検査官に握手を求められたりもしました。欧州サッカー界ではマイノリティな部類に入る日本人の私を受け入れてくれた。テレビや新聞などいくつかのメディアからも取材を申し込まれました。


 私の仕事スタンスは「オブリゲーション(義務、恩義)」。インタビューのなかで「そういう感覚は日本的には何と言うのか?」と聞かれたので「武士道」と答えています。新渡戸稲造の本とか紹介して。また選手との円滑なコミュニケーションについて評価されたのも嬉しいことですし、本当にサッカーが文化として根付いていると感じますね。 今は6月の親善試合2試合へ向けた準備をしている最中です。ミスターが目指すサッカーは名古屋の時と基本的には変わらない。ボールを支配できるならば支配する。全試合でできるわけではないけど、理想は美しく勝つ。攻撃コンセプトがベースにあって、どう攻めるのか、その時にどう守るのか。そういうところを基本にしています。得点を取りにいくスタイルはポルトガル相手でも変わらず、どの試合でも勝ちにいく。


 まだ、どんな選手が選ばれるかは決まっていませんが、そうした3月の試合で落とし込んだ基本の部分をリピートしてゲームモデルを確立させていくことになります。「バブル方式(選手と外界を遮断)」開催になるのでどれだけ落とし込めるかは分かりませんが、コンディショニングだけではなく、そういうところにもチャレンジするトレーニングプランで進めています。


 それでは6月、日本でお会いしましょう!


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 PROFILE

喜熨斗勝史

きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉化。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。

指導歴

95年6月~96年:平塚ユースフィジカルコーチ

97年~99年:平塚フィジカルコーチ

99年~02年:C大阪フィジカルコーチ

02年:浦和フィジカルコーチ

03年:大宮フィジカルコーチ

04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ

05年:横浜FCコーチ

06年~08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)

08年~14年:名古屋フィジカルコーチ

14年~15年8月:名古屋コーチ

15年8月~:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター

19年11月~12月:広州富力トップチーム監督代行

21年3月~: セルビア代表コンディショニングコーチ

記事提供:サッカーダイジェストWEB

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