[東京五輪 準決勝]U-24日本0-1U-24スペイン/8月3日/埼玉スタジアム2002
準決勝のスペイン戦は延長戦の末に0-1の敗戦。残念な結果に終わってしまった。
失点の場面では、アセンシオを一瞬、フリーにさせてしまった。彼にボールが渡った瞬間、誰かが自分のマークを捨てでも、もっと厳しく寄せられればよかった。それは頭で分かってはいたんだろうけど、疲労もあったかもしれないし、難しい場面ではあった。
1失点したが、それ以外では、守備陣は本当によく踏ん張っていた。試合は終始、スペインに圧倒された。日本側は自陣で人数が揃っていても、ギャップをつかれて、パスを通される。相手は中からでも、外からでも攻めてくる。これは質が違うなと、改めて思い知らされた。
明確な力の差をつきつけられた格好ではあるけど、日本はすべての力を出し切ったうえでの敗戦なのかというと、少し違うのではないだろうか。“やり切った”と納得してしまっては、それ以上、上のレベルは望めない。
あのスペインに対抗する術は、まだまだあったはず。もちろん、選手たちは必死に戦っていた。持っているものをすべて出そうとしていた。確かな実力のある彼らが全力を尽くすことで、ある程度の相手には勝てたとしても、世界の強豪国と渡り合うには、個々のファイトだけでは足りない。
劣勢の展開を強いられたとして、それを覆すには何をすべきか。今の日本は、ただ選手を入れ替えているだけのようにしか見えない。一人ひとりのポテンシャルや特長を、より引き出すための別の枠組みというか、たとえばシステムを変更するとか、チームとしての能動的な戦略プランが、少し乏しいような気がしてならない。
それともう1点、どうしても解せないことがある。延長戦を前に、堂安と久保が同時にベンチに下がった。この交代策には首をかしげざるを得なかった。
もし体力的な部分が考慮されての交代であれば、厳しい言い方になるが、それは大きな間違いだ。たしかに、90分間、日本は押し込まれる時間が続いて、堂安も久保も守備に奔走していた。
だが、スペインのポゼッションに対して走らされたといっても、しょせんは自陣の中だけで、そこまでしんどいことはない。献身的に守備をこなしつつも、前に出ていくスタミナは余裕であったはずだ。
自分も現役の時はアタッカーだったから、断言できる。今回のスペイン戦のように、防戦一方のようなゲームも経験してきたが、守備をやりつつも、攻撃に打って出る場面があれば、疲れを感じるようなことはほとんどなかった。それはまったく別物なんだ。
むしろ守備がうまくいっていれば、なおのことそうだ。献身的なプレスバック、パスコースを切るポジショニング、球際でのバトル。そういったタスクで貢献できていれば、疲れよりも気分良くプレーできる。堂安も久保もそうだったはずだ。攻撃の選手があれだけ守備をすれば、そのつどDF陣からも労いの言葉がかけられるだろう。それでまたテンションも上がってくる。
堂安も久保も、まだまだ走れたはず。逆に、体力的な部分が理由ではない交代だったとすれば、ますます意味が分からなくなる。
途中出場した三好や前田に不満があるわけではない。彼らも十分に能力の高い選手だと思う。それでも、今の日本で、堂安と久保は攻撃面で最も相手に脅威を与えられる存在だろう。
そんな二枚看板をなぜ途中で引っ込めるのか。ニュージーランドとの準々決勝で久保の連続得点は途絶え、堂安はそもそも大会に入ってからは、そこまで好調だったわけではない。それでも、久保は敵陣のペナルティエリアまで行けば何かをやってくれそうな雰囲気を常に醸し出していたし、堂安はいつも以上にアグレッシブさを前面に出し、持ち前のキープ力を駆使して攻撃をリードしていた。
これはもう想像の範疇を超えないが、堂安も久保も、なぜ交代させられたのかと、疑問に思っているのではないか。自分が彼らの立場なら、間違いなくそう思う。
無論、森保監督には森保監督の考えがあってのことで、それは尊重したいし、応援もしている。ただ、延長戦でも堂安や久保を見たかったし、スペイン側も苦しい時間帯だからこそ、ふたりがより輝きを放っていたのではないか。
いずれにせよ、メダルを獲るチャンスはまだ残っている。3位決定戦の相手はメキシコ。なんの因果か、68年のメキシコ五輪で銅メダルを獲った時と同じ相手だ。今度も同じ結果を得られるように頑張ってほしい。心からそう願っている。
記事提供:サッカーダイジェストWEB